いざ、Dongaraへ!
Dongaraは、Perthから海岸沿いを北北西へ350キロ程のところに位置する人口1000人余りの町で、Perthに比べ緑も少なく、茶色い景色となってきた。
長いバスの旅を終え、ホストとなる家を探す。
異国の地で、1人で知らない町の知らない家族と、寝食を共にする。不安を言ったらきりがない。上手くいかなくてあたりまえだ。
当たって砕けろである。
Dongaraの町は、人気はほとんどなく、映画の中に迷い込んだような感覚だ。
アメリカ映画に出てくる田舎の風景だ。広い車道があり、その脇を十分なスペースの歩道があり、さらに芝生を隔てて、広い庭付きの家があり、ほとんどの家の庭の芝生は、よく手入れされている。
たまに現地の人とすれ違うだけでドキドキする。だが、向こうからしても、筋肉質のアジア人が大きな荷物をかかえ、1人でスタスタ歩いてくる。同じように警戒しているだろう。
帽子やサングラスを取り、笑顔でHello!と挨拶をする。
こちらでは、笑顔でHello!といっておけば、とりあえず安心だ。
たいてい向こうも笑顔でHi!how are you!と返してくれる。
リュック2個とスーツケースを引きずり、ようやくホストの家を見つけた。映画フォレストガンプのフォレストの実家のような家だ。正面の玄関には、広いテラスがあり、テーブルやイスがある。
家の中では、メールをやり取りしていた妻のDennisと、夫のGrahumが出迎えてくれた。60代の仲良し夫婦だ。2人とも体格が良い。
2階へ上り、この部屋を使って。と、Dennisが寝室を案内してくれた。
話し相手は、主に奥さんのDennisだ。よくしゃべるので、こちらはYesかNo,で返せばいい。それでも、『英語を話せるようになりたいなら、とにかくなんでもいいから話すこと。』とよく言われたが、それがプレッシャーとなり、逆にあまり話せなく、Grahumと映画を見ているときなんかは、沈黙が続き、Grahumを緊張させてしまった。
Grahumは、元々企業の社長だったこともあり、人あたりが良い。それでも、俺の扱いには戸惑っていたようだ。それはそうだろう。俺は、日本ではフォークリフトに乗りながら、毎日のように上司とバトルを繰り広げていた問題児だ。
俺は、日本でもそんなに話すのが得意な方ではなく、まだ若かったこともあり、ホームステイをしながら自分の殻に閉じこもってしまった。
町内会のビンゴゲームでは、町中の人々が集まり、ほとんどが高齢者だったが、ビンゴになると皆の前に景品を取りにいかなければならず、『ビンゴが揃いませんように。』と、1人だけ反対のことを祈っていた。
だが、このビンゴゲームは、いつまでたっても数字の読み上げが止まらず、結局ビンゴが揃ってしまい、前に出る羽目となり、俺はうつむき加減だったが、人生経験の豊富な人たちが多く、笑顔で見守ってくれていた。
また、ある日の午前中は、電動の枝切りで、植木の高さを一定に揃えるため枝切りをした。これがWOOFFの最初の仕事だ。
午後には、近所のDennisの友人達を招き、テラスでティータイムにも参加した。もちろん皆、高齢者ばかりで英語もわからず、いろんな意味で場違いな俺は、空気を壊さないようオブジェになるのが精いっぱいだった。
この、英語がわからず取り残された感というのが、後でジワジワとメンタルに効いてくる。また周囲は、『シャイにならないで、もっと話さないと。』と理解してもらえない。これが、弱ったメンタルに追い打ちをかけてくる。
外国人にしかわからないかもしれない。
また違う日は、手持ちばさみで裏庭の枝切りをした。一度枝打ちを始めると、中途半端では終われず、Grahumに『ティータイム!』と言われても、黙々と作業をしていた。
ティータイムは俺にとって休みでもなんでもなく、辛い時間だった。
枝打ちをしていたほうが、俺の心は休めていた。
喉の渇きと空腹が、ティータイムの辛さを上回りそうになった時、俺は休憩に入った。
仕事は主に午前中で終わり、午後は余暇を過ごした。
またある時は、Dennisの友達の家に遊びに行き、メディテーションをした。いわば瞑想だ。ソファに座り、目をつむる。年配のオーストラリア人のおばさん3人と、場違いの若い男のアジア人が、ソファで目をつむっている。なんてことはない。
俺は、おしゃべりの時間が苦痛だったので、救われた気持ちになり、すぐに誰よりも深いリラックス状態に入った。結構長い時間だったので、俺の足の筋肉がバグったのか、一瞬足がピクッとなる。
そして、20分か30分経っただろうか、合図とともに、皆目を開ける。
すると、Dennisが真顔で俺に、『あなた凄くリラックスしてたわ。初めてにしては、上出来よ。それに、あなたさっきジャンプしたわ。あなた飛んだのね。』と言う。俺は、思わぬお昼寝タイムに半分寝ていただけだったが、ジャンプとは、さっきの足の痙攣のことかと思い、Dennisの顔が真顔だったので、ツボにはまってしまった。他のおばさん達は誰一人笑っていなかったので、そのことがさらにツボをえぐる。ひとりツボのありかが違う俺は、笑いを堪えるのに必死だった。
だめだ。。何もかも合わない。。
とりあえず、初めてのメディテーションは上手くいったようだ。
またある日は、一番気になっていたキネシオロジーを教わった。キネシオロジーとは、筋肉にアプローチし、体の調子を整えていく、いわば整体のような感じを受けた。
右側の胸鎖乳突筋 (顔を左に向けた時に、首に斜めに浮き出る筋肉の名称)を触り、ここに異常があるといい、ゴリゴリと指で強めにほぐしていく。
また、腕の上げ下げや、指で輪っかを作る、O(オー)リングテストをやった。心理的なことを絡めて、体の動きをみていく。そんな感じだろうか。
結局、キネシオロジーの正体は、つかめそうでつかめなかった。
朝食は、食パンに豆の缶詰と卵焼きを乗せ、ナイフとフォークで頂く。
これが新鮮で旨かった。あとは、ベジマイトという、チョコレートが溶けたような物を食パンに薄く塗る。オージーは皆これが好きらしいが、俺を含め、ほとんどの日本人はベジマイトが苦手だ。とにかくしょっぱい。
週末は、近所の公園や海岸沿いを散歩した。1人の時間が欲しかった。
道程、1時間位はかかるという散歩道を行くと、歩けば歩くほど景色が変わっていく。歩く道がなんとなくあり、様々な種類の木々が、大きくゆったりとそびえ立っている。まるで映画のセットのように綺麗な自然で、誰もいないサファリパークのようだ。
途中、俺の背丈はあろうかという犬が、飼い主とともに前から歩いてきたと思ったら、あろうことか、犬にリードが付いていない。
信じてもらえないだろうが、馬並みのサイズだった。
とっさに俺は金縛りにあい、逃げることもできず、(もし襲われたら何もできずに死ぬ)と悟ったが、息を荒げ、犬はそのまま通り過ぎ、なんとかやり過ごした。
突然の修羅場だった。。本当に怖かった。。。
海岸にたどり着くと、誰もいなかった。
ただ広い海が広がっている。
久しぶりに息が吸えた気がした。
1時間ほど、何もせずぼーっと過ごした。
いま俺はオーストラリアの、田舎の砂浜に1人きりだ。
不思議な気持ちになった。
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