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ああ、子育て
ママをやめてもいいですか!?
新型コロナウイルスで映画館の営業休止が相次ぐ約1か月前の、2月29日に公開され劇場上映、その後はオンライン上映が断続的に行われている映画です。
自分には今、子どもはいないし子どもと関わる仕事もしていないけれど、色々感じるものがありました。
子育て中の人が観たら、もっと想いが溢れ出てくるんだろうなあ。
あんまり偉そうに書くのは嫌だけど、この先子育てに悩む日が来るかもしれない20代の若者の感想をつづります。
※この映画から受けた印象だけでなく、過去の経験や色々な伝聞も織り交ぜたものです。
※自分が子育てする時、あるいはこれから生きていく上で、こういうことを大切にしていきたいという、決意表明というかスタンス表明というか広い意味での感想です。
子どもにはパワーがある。
映画でもそうだし、自分ちの近所で遊ぶ子どもたちを見ていても思うけど、元気だよなあ~と。
外っつらだけじゃなく、中身もそうだと思う。
私が大切にしていきたいこととして『子どもには育つ力がある』というものがある。
子どもはただの無力な存在ではない。自ら育つ力があるし、色んな不思議なことを起こす(自身にも周囲にも)。
ただ、社会生活を営むという観点での能力バランスはまだ十分ではなく、生きている世界も狭い。
だから、私たち大人がそこを支えてあげるんだ。
管理して育ててあげる、のではない。支えて見守っていく。
そういうイメージを大切にしたい。
‘親だけ’の子育てからの脱却。
「子育ては100%親が責任を持つもの」
「子が何かしでかしたら全て親のせい」
「子の将来は100%親次第」
そういう価値観が社会に蔓延し、親自身もそう思うことによって、とてもギスギスしたしんどい状態が生まれているのではないか。
これは親も苦しいし、虐待や過剰な詰め込み・私生活管理といった形で、子にも大きな悪影響を及ぼす。
私は、核家族化の進行、プライバシー・個人情報保護の浸透も手伝って、さらに『‘親だけ’の子育て』に拍車がかかり、親子ともども社会から孤立することによって昨今の様々な悲劇を生んでいるのではないか、と考えている。
子どもは社会全体で育てる。
今こそそういった意識を共有するとともに、制度設計にも反映させるべきではないだろうか。
親だけの時間・1人の時間を必ず設ける。
映画の中のママたちも、とにかく自分の時間がとれないように見えた。
子どもたちの相手をして家事もして、、いつの間にか一日が終わっている。
子どもはひたすらエネルギッシュで遠慮もしない(環境によるけど)。一時停止ボタンなんてものもない。
つまり、子どもが生まれた瞬間から、家庭は子ども中心の世界に大きく転換する。
ただでさえ四六時中、子のことを考える生活になるのだから、計画的に「子から離れる」時間を設けないと、つぶれてしまう。
あるいは、一緒にいない時間があるからこそ、改めて愛おしさを感じられたりもするのではないか。
私はフランスという国に以前から関心があるのだが、フランスでは(たしか)数週間から2~3か月のバカンスをとるのが一般的だ。
そして興味深いことに、バカンス中は子をキャンププログラム等に預け、親は親だけでバカンスを楽しむのだそうだ。
※バカンス中ずっとなのか、すべての親がそうしているのかはわからない。
親子関係をどう捉えるかという日本社会とフランス社会の違いが大きいのかもしれないが、このアイデアは部分的にでも是非取り入れたい。
互いに語り合う時間、友人とご飯に行く時間、ゆっくり寝る時間、、
24時間・365日「親」として生きるのではなく、「わたし」をバランスよく生きられる生活を大切にしていきたい。
外部の助けを借りることを躊躇しない。
私自身、他人に相談したり助けを求めるのが得意ではないので、なんだかむずがゆいが、誰かに相談したり助けを求めることは非常に大事だと思う。
子どもに何かあった時、親子関係がうまくいかない時、親の身に何かあった時、子の世話をするのがしんどい時。
映画にも、助産師さん初めたくさんの専門家が出てきたが、専門家もそうだし、シッターさんや家事代行サービスもそうだし、何かの時に子を預ける等して助け合えるような信頼できる知人がいれば、なおいいのかもしれない。
公的機関やNPOが運営している電話相談窓口を知っておくだけでも、大きく違うだろう。
親の孤立は子の孤立。
前述の『‘親だけ’の子育て』の話ともかぶるが、たくさんの助けを借りて当たり前という心持ちでいたい。
育児はたぶん切り分けられない。
映画にも出てきたように、昔からよくあるモデルとして夫がサラリーマン、妻がパートもしくは専業主婦というのがある。
今は共働きもだいぶ増えているだろうけど。
※ちょろっと検索したが、子どもがいる世帯に限った共働き割合の統計はすぐに見つからなかった。
そこで誰しもがぶち当たるのが、分担である。
私は専業主婦家庭が悪いとは思わない。はなから「女は家事育児だろ」と押し付けるのは問題だが、二人が話し合って出た結論が専業だったのならそれはそれでいいと思っている。
ただ、専業主婦家庭に限らずそこで問題になりそうなのが、「育児」をパッケージ化してどちらか一方に全部任せるやり方だ。
「仕事」や単体の「家事」はまだわかる。ある程度時間が決まっていたり、やる量が想像できるからだ。
ただ、「育児」は子どもという1人の人間が相手だ(愛情を込めて「1人の生き物」という親御さんもいるかもしれない)。
急に体調を崩したり、何時間も寝ついてくれなかったり、ストレスの原因を言葉では伝えられず泣きわめいたりする。
パッケージ化して担当制にするから、担当でない方は「手伝う」感覚になり、「なんで自分が・・・」という感情も湧き上がってしまう。
子育ては2人でやるもんだ(母親だけの仕事ではない)。
とたくさんの人が言っているが、ほんとそうなんだと思う。
大事なのはどちらが育児を担当しているかではなく(そもそも子を育てることに担当なんてないし)、いかにお互いが納得感をもって負担も喜びも分かち合いながら毎日生きていけるか、だろう。
大事なところ以外はてきとーでいい。
お前が言うなと言われそうだが笑、たぶん最初にこういう目線合わせをしておくだけで、ずいぶん違うんだろうなと感じた。
じゃあ、大事なところってなんだろう。
朝起きて顔洗ってご飯食べておしっこしてうんこして歯磨きして寝ること、人と話をすること、人に謝ることの意味と方法、やってはダメなことをした時に明確に叱ること、愛情を伝えること、、その他いろいろ。
なんかそれ以外はてきとーでも、子どもってけっこう賢いので、
「あちこちてきとーだけどなんか愛されてはいるな」
「これてきとーだから真似しちゃいけないな」
「てきとーでも生きていけるんだな」
みたいに理解してる気がする。
結婚と同じで、過度な期待や成功した完璧な自分を描き過ぎないことなのかなあ。
最後に、映画公式サイトのリンクを貼っておきます。
(今気付いたけど、ちょうどこどもの日だった・・!別に狙ってませんよ笑)
'20/05/05 最終更新