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ポカリとゼリーとバニラアイス


社会人2年目、21歳の春と夏の間、大人になって初めてのおっきめな風邪をひいた。

風邪をひいた日の部屋の色がいつも同じなのってなんでだろう。天気とか風邪の辛さの度合いとかそういうのに左右されずにおんなじ色と匂いがする、気がする。
だから、大人になってからの今日でも子供の頃の風邪をひいた日を思い出す。


診察が終わったら小児科の自販機にある小ぶりなポカリをお母さんが買ってくれた。車の中でちみちみ飲んだ。
そのままスーパーに寄って「何食べたい?」に対しての答えも必ず買ってくれた。
「ゼリー」「アイス」こいつらがスタメンだった。

3つの味が繋がってるゼリー。掬って食べるタイプの。イチゴとブドウとミカンだった。たぶん森永の。

アイスはおっきいやつ、ファミリアか何かかな。グラスにお母さんがとりわけてくれて、粉薬が飲めなかったくらいの歳のときはふりかけて食べた。
今でもファミリアは好きだけど、食レポさせたら「風邪の味」って言っちゃうと思う。


ひとり暮らし、大人の風邪は辛い。
なんでかよく分かんないけどいつもの強さがどこにも見えなくなる。弱っちくなって何人かと鼻声で電話をした。

ひとりでの病院。真っ直ぐ座ってられなくて背もたれにぐでっとして名前が呼ばれるのを待った。伝染るとかそんな心配もしないで寄りかからせてくれたあの日のお母さんの左肩の温かさが恋しくなった。やっぱり弱っちくなった。

自分の足で病院に行って、自分の手でカルテを書いて、自分で稼いだお金でお薬代を払った。
社会人ももう2年目のくせに、急に責任みたいなやつが上からどしっと乗っかってきたように感じて、スリッパからスニーカーへ履き替える病院の出口がやけに冷たく思えた。

帰り道、スーパーに寄ったポカリとゼリーとバニラアイスを買った。
あの日の3連のゼリーはもう無かった。販売終了しちゃったのかな。
ファミリアは風邪っぴきひとり暮らしにはゴツいかなって思ったけどそもそも置いてなかった。私の中のバニラアイス界のデフォルト的存在なスーパーカップも置いてなかった。
それはもうスーパーとしてどうなの?とか心がささくれだった。
体調悪い時って誰にも優しくなれなくってやだね。
仕方なく買った爽とゼリーとポカリ、割引になった鍋野菜ミックスとお豆腐を手にまとめてレジへ。

店員さんに商品を渡す時無意識にバーコード側を向けて、笑顔と感謝の言葉を絶やさず伝え、おつりをお財布にしまっているあたりで、「体調悪い時って誰にも優しくなれないんじゃなかったっけ」と自分があたかも優しい人間かと錯覚した。ただの自分の常識がなごっていただけだろうに。

似ているけど「それっぽい」みたいなラインナップの入ったレジ袋をちらりと覗きつつまた歩き出した。
手前がボケて奥に咲いたシロツメクサにピントが合った。いつもだったらする四つ葉のクローバー探しも、頭の重たい今日は屈んだらもう二度と立ち上がれない気がして広場を1周歩くことだけと引き換えにさせてもらった。

マーガレットが咲いている駐輪場で喉が渇いて、ポカリを飲んだ。力のない手でいつもの倍時間をかけて蓋を開けた。プラスチックのギザギザが痛かった。


「ただいま」の返しを自答する自宅の玄関、やっぱり同じ色と匂いがした。
ベージュとグレーに少し水で薄めた水色と黄緑の絵の具垂らした感じ。
生ぬるくてうざったいおせっかいな匂い。体温に匂いがあったならこんなだと思う。

「病院に行った」という事実だけでちょっと回復した気がして手際良く爽を冷凍庫に、ゼリーを冷蔵庫にかっこつけて閉まった。全然余裕で疲れた。
お湯を沸かした鍋に野菜ミックスをぶちこんで味付けしてスープを作った。
具合悪いのにちゃんとごはん用意して偉いねって自分を褒めたけれど、そんなのよりお母さんのおじやが食べたくなった。

ベージュとグレーの狭間で味の薄いスープを飲んだ。爽も食べた。仕方なくで買ったはずがめちゃくちゃ美味しく感じて申し訳なくなった。

薬局でもらった薬を3粒飲んで次にすべき行動の、「寝る」をしようとベッドまで行って抗った。このまま入眠したら風邪が見させる嫌な夢に魘されそうな気がした。
カーテンの隙間から入る午後のやらかい光を目で追って、その先にあった、花瓶にさした薔薇の花びらと葉っぱを1枚ずつ丁寧に眺めた。
この薔薇をくれた近所の奥さんへ絵を描く日にするつもりだったのにな。
私の記憶の鮮度が生き生きとしている間に描き起こしてプレゼントしよう。そう思った。

切り忘れた体温計が、生きてるみたいなタイミングでピピッと鳴いて、外の光の柔らかさがしぼんでいってそろそろ夕焼けが綺麗な時間かなってあたりで、会社の定時が近づいてきたかなってあたりで、ああ、次に出勤したら早く手持ちの依頼片付けないとなとか今考えない方がいいことばかりが渦巻いたあたりで、まどろんで頭が痛くなるような深い夢を見させられた。


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