Sの昇天
明け方の海に失速して
突っ込んでいったのが二人、
男のほうは斜視気味で
痩せ犬のような眼で笑う。
女は水飛沫をあげて歌っている、
愉しい夜になるかしら?
*
明け方の海に失速して
突っ込んでいった男は
痩せ気味のいかり肩でも
寒さしのぎぐらいの肉はある。
女は男の脇腹をつまんで
一緒なら海の冷たさも我慢できるね
と云った。
*
女は風に吹かれている、
眠そうに目蓋をこすっている、
その裏側に貼りついた悪い夢をふるい落とすように。
男は何かを探して首を折る、
ぼんやり砂を眺めている。
*
調子っぱずれの女は
一目散に浜を駆け抜ける、
あわてて追いかける男の
薄い影には目もくれず。
片目をつむって美形の顔を崩す。
男は石を拾った、女は投げる真似をした。
*
白みがかった寒空が
海の顔に薄化粧するとき
男は眠そうな女の薄い目蓋に口づける。
おお僕ら、神の手にもつかまれず
彷徨う海原のみすぼらしい船みたいだろ?
*
男は何気ない顔で
昨日のことみたいに明日を語っている。
女はかたぎの商売で
男は自由な職なしだ。
なんだか夜空が破れたテントみたい、
そっと女が呟く。
*
明け方の海に失速して
突っ込んでいったのが二人、
男のほうは斜視気味で
痩せ犬みたいに笑う。
(1994年)