
南病棟にて
ぼくの腫瘍を切除して
もう三時間になる、
ちいさな血に濡れた塊り、
切り取られたぼくの一部。
南病棟の廊下を
きのう見知ったばかりの人の声が通過してゆく、
ぼくには馴染み深いことのように思える。
*
ぼくの主治医の
口数の少ない長い手術、
ぼくを包むシーツ、
静けさに包まれる冬の病室。
南病棟の休憩所に
喫煙者の患者たちがたむろし
ぼくも含めた彼らの煙でその一角は充たされる。
看護婦たちがけげんな目で通りかかる、
ぼくはそっと立ち上がる。
*
耳をガーゼに覆って
ぼくはベッドの上で
点滴針を刺し、
ぼくが喪ったものについて考える。
南病棟の一室で
ぼくは書物と自分自身と向き合っている、
相部屋のぼくの同僚の鼾が聞こえる。
夜勤の看護婦たちの懐中電灯が
白い病棟を照らし出している、
ここに居る者はみな病んでいるという点で
ぼくとよく似ているがただそれだけのことだ、
白内、眼底出血、喉ポリープのぼくの友人たちよ!
*
ぼくの腫瘍を切除してから
もうずいぶん経った、
この間までぼくであったものは
今はここにはなく、
あれはやはりぼくの種子ではなかったと言いきかすぼくが
荷物をまとめて出ていった
暮れの午後の退院。
(1996年12月〜1997年2月9日)