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04 20代で得た知見/F


  • 「人生で一番後悔していることはなんですか」と六十代の貴婦人に訊ねました。いつか外国に行きたい、いつか華道もやってみたい、なんて思ってた。けど、就職して仕事して結婚して出産して育児もして、お金も時間も体力も余裕も小鳥みたいに消えていく。「いつかは来ない」と知った。外国語を学んでから、とか、お金に余裕を持ってから、では遅かったの。思ったその日その瞬間動いておけばよかった。どんなに不完全でも、不完全のまま動くしかなかったのよ。そう彼女は語ったのです。私にも心当たりがある。「事前完璧主義」に陥ると一歩も動けなくなるものです。ベストなタイミングは、永久に来ない。はいあなたの出番です、なんて調子の良いコールは滅多に来ない。必要なものは、現地調達するしかない。拾いながら走っていくしかない。扉を叩きに行くしかない。どうやら人生は、そういうもののようです。完璧主義にできることは限られている。「野蛮であれ」ということです

  • 強い人より、弱いまま強くあろうとする人の方が好きです。傷つかないことにしている人より、都度ちゃんと傷ついて怒ったり泣いたりする人の方が好きです。己が擦れたことを笑うより、繊細であることを諦めない人の方が好きです。やがて何もかもどうでもよくなる、その一歩手前で、美味しいスープを啜る人が好きです。それが人として本当に強いということです

  • ずっと好きでいることは誰にもできないように、ずっと好きでいてもらうこともまた誰にもできない。でも、ちょっとくらいは好きでいることはできそうです。好きになったり嫌いになったり、でもまた好きになったり、あれなんだっけこれ、でも嫌いじゃないな、ってことは好きかしら、を繰り返すことなら、もっとできそうです。常に好きでなくてもいい。そんな猶予を私たちは自分の仕事にも音楽や映画にも、街にも、友人家族にも、同じように恋人にも、自分にも与えるべきだと思うのです。「好き」とか「恋」という言葉に、呪われすぎては本末転倒なのですよ

  • 好きな場所で、好きなことを、好きなだけしている、そんなあなたを好きになってくれる人をまず一番に大切にしたらよろしい。背伸びした自分を好かれたって、もはや仕方ない。遠慮したって、いつまでも埒が明かない。等身大で嘘を吐かず、隠れず、隠さず、堂々と暴れる。好き嫌い、はっきりさせる。それが二十代の大前提です。シンデレラはいません。白馬の王子様もいない。でも、どこかに特別な一人がいる。同じような魂を持つ、孤独な人がいる。そんな一人に出会うまで、とりあえず一人で生き延びるとよろしい。そんな一人に出会うまで、訳の分からないことを言い続けていたらよろしい。好かれることにさえ飽きたら、財布と携帯だけ握り締めて、地図を持たない旅に何度でも出たらよろしい。最も痛々しい思い出が、それでも一番美しいのです

  • 普通の男は、とか、普通の女は、とかいうけど、割とみんな、どこかしらなにかが、完全にだめだと思うんです。普通の人なんて、一人もいない。だめなりに取り繕おうとしたり、普通になりたいって頑張るけど、でもやっぱりだめで。普通の幸せが欲しかったなって、みんな思ってる。だからこそ、だめなところをだめだねって笑い合いながら、あるいはだめなところをもっとだめにしながら、なんとかしあうのが、私には本当の普通な気がしています

  • 大人になると、人は人から黙って去っていく。あなたのここが嫌いとか苦手なのとか、一言も言い合うこともなく、黙って消えていく。それでもなお、叱ってくれる人がいる。自分をちゃんと否定してもらいたいと思える相手がいる。それはとても贅沢なことだと思うのです

  • 別の人になろうとしなくていい。上手いことやろうとしなくていい。優れたものを作ろうとしなくていい。自分の普通をとことん受け入れなさい。下手なら下手なりに描き切って私に大いに笑われなさい。上手にやろうとしたって上手にできない。そこに拭い難い魅力があるんだから

  • 人は、自分が優しくされた方法でしか、人に優しくできない。人は自分が救われた方法でしか、人を救えない。キスされたやり口でしか、キスできない。人から受けた愛しか、人は人に与えられない

  • 「別にいつ辞めてもいい」ってスタンスで仕事している人が好きです。「別に好かれなくても結構」って人が美人に見えたりもする。「別にこの人じゃなくてもよかったんだけど」と言いながら結婚した友人の顔も好き。その後彼らがどうなるかはさておき最後の最後まで余裕を失わないと決めている人はよいものです

  • 二十代に自信なんざ要りません。自信がないから勉強しようと思える。自信がないから、人の優れた部分が見える。それを真似しようと思える。盗もうと思える。改良したいと思える。自信がないからこそ、目の前の相手を笑わせたい、喜ばせたいと思う。自信がないから動こうとする。その過程で痛い目、酷い目に遭うでしょう。でも、その失敗の知識と経験の総体が才覚となり、不変の根拠となり、不動の自信になる。なにやら自信満々な人間に憧れなくてよい。いま光っているもの、眩しいものには憧れなくてよい。嫉妬しなくてよい。本日の流行なんて、来月は誰も覚えていません。同じ理由で、一位を目指す必要もありません。面白い二位が結構長生きしたりする。死ぬ間際、楽しかったと思えるのが理想の死に際です。これは自信も同じです。死に間際まで、自信なんてなくていい。だからこそ暴れられる。悪足掻きできる。二十代に自信は要らない。自信がないのは、最大の武器です

  • 好意は、早く伝えた方がいい。だってすぐに消えてなくなる。欲しい物は、すぐ買った方がいい。物欲にも賞味期限がある。とんかつは、若い時にようさん食べといた方がいい。いつでもそれを食べられるようになった頃には、あんなに好きだったそれが重い

  • 普通の人でありなさい。よく怒り、よく泣き、よく話し、そしてよく黙り込みなさい。気取らなくていい。面白いことを言わなくていい。天才にも異常にもならなくていい。普通の人だから多くの人の痛みが分かる。弱さが分かる。やるせなさが分かる。普通なら普通なりに考え抜いて、なにかやってみせなさい。上手くいかなくても私が笑ってあげるから。普通。だからこそ強い。天才に、ならなくてよい

  • 好きって美味しいものを一人で食べた時、あの人にも食べさせたかったなと思えることだと思っています。あるいは途方もないほど美しい景色を見た時、思わずそれを撮って写真を送ること。送れなくても、送れなかったことは、ずっと覚えていること。同じ感動を同じ場所で感じたいと願うことが私の「好き」にはあるようです

  • 嫌われたくない、が一番嫌われるのは面白い。距離を置きたい人とは大抵全然距離を置けないのも、面白い。どうせなにを言っても怒られるなら、好きなことを言い続けたらいいんじゃないかと思うのです。そして別の誰かに好かれたらいいんじゃないかと思う

  • 大人になると、どうすれば傷つかずに済むか、そんな計算ばかり上手くなる。期待し過ぎず、絶望し過ぎず、嫉妬し過ぎず、惚れ過ぎず、怒り過ぎず、悲しみ過ぎない。そんな計算ばっかり器用になる。でも器用って、退屈なのだ。そうはしたくない。そうして欲しくもない。器用って、いやらしいことじゃないか。ならばもういっそ、全部凄い下手くそだった時代に戻ろうかと、この頃思うのだ。つまり、大人になる前に、大人なんか辞めちまえと思っているのだ

  • 「人は信じたいものしか信じられないんだよ」「だからこそ名言は自分の身体で試すしかない。試して良かったならその名言を着続ければいい。試してだめだったら脱ぎ捨てればよい」

  • 正しい選択も、誤った選択も、私たちにはない。だからどちらを選んでも、同じである。導かれた結果すべてを強く受け入れることで初めて楽になる

  • なにを言っても、なにをやっても、やりは飛んでくる。クソリプは飛んでくる。ですので、我々が言うべき台詞はたった一つです。うるせえ。黙ってろ。私は私の好きなように生きる。おまえもおまえの好きなように生きて死ね

  • でも、これだけは確かです。もっと私たちは、人にも甘くなった方がいい


二十代の時に読んだ本を三十代になってもう一度読んでみた。あの時には響かなかった言葉が今になって響いたりする。なんでかな、おもしろいよね。残しておきたい、記憶しておきたい言葉がたくさん詰まった1冊だった。一番はじめに書いた言葉がこの本の中で一番好きな文章です。昔も今も変わらず、この文章が好き。

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