おぼれるトンボ
おぼれるトンボ
「~とんぼのめがねはみずいろめがね~
~あおいおそらをとんだから~
~とんだ~か~ら」
水底から見える照明が揺らぐ太陽のように見えて
思っているよりも何倍も冷静だったのを覚えている
大人になって聞いた知識だが
お風呂でおぼれて亡くなる子供の大半は
音もなく静かに沈んでいるらしい。
どうしてこのような結果に陥ったのか、
齢4~5の傘原少年はほぼ諦めた形で
プロセスを思い起こした。
その間わずか3秒程度
きっかけは不明だが
幼稚園に通い始めたくらいの時期に
水泳教室へも通うことになった
幼少時代の習い事は突如訪れるバトルパートだ。
生半可に甘やかされた子供は
その青天の霹靂にビビり、怖がり、時に「逃げる」を選択する。
僕もその場面に意図せず遭遇し、必死に「逃げる」を選択し続けた一人である。
習い事は子に向けた未来への先行投資に近い、
決して安価ではない資金を充てて貰えたのだから
恵まれた環境だったのだろう、それについては感謝が勝つ。
んなこたぁ知ったこっちゃないのが幼少時代
水泳教室の合った月曜日は「デスマンデー」とカレンダーに刻まれ、
白目を剥きながら為す術なく母に送迎されるのだった。
体験一日目
5~6人の幼児に交じって
腕浮き輪を付けられる傘原(幼年期)。
ダッポリとした体形のインストラクターのおばちゃんが愉快にオーバーなアクションをつけながら
プールの注意事項をはなしていたけれど
「なぜ水泳をしているにもかかわらずこの人の体系は
それに順応していないのか?」という疑問に駆られて
ぼくはまるで話を聞いていなかった。
「それではまずはシャワーでお体をキレイにしましょう~」
というおばちゃんの指示が発生した時には、
彼女の体系はすべて水吸い込んだことによるもので
プールに身体を沈めた瞬間に50mプールの水かさが
半分くらい減るのでは?という妄想にまで達していた。
プールサイドに並べられて足だけを浸けると
神経を引きちぎるような寒さが襲った。
「ひょえ~」と漏れたウィスパーボイスが聞こえたのか
先に身体を沈ませたおばちゃんが「すぐに慣れるからね~」とわざと波をたてるように泳いだ。
身体を温めるという理由で
足を上下にしてじゃぶじゃぶとする準備運動を始めた。
当時はちっぽけな足のせいかまったく水飛沫は起きていなかった。
いまでも、あの水面に向かって足の踵を叩く感覚を覚えている。
ついに身体をプールに託す時が来た。
おばちゃんに幼児全員を抱え込む形で水に誘う。
その頃にはおばちゃんのいう通り寒さは引いており
恐怖心も小さなものに誤魔化されていた。
腕にガキ共が絡みついた状態でおばちゃんは背泳ぎの体制になり優雅にゆったり泳ぎだした。
10mくらい進むとおばちゃんは
「とんぼのめがねはみずいろめがね~」と
童謡「とんぼのめがね」を歌いだした。
その地点では状況は変わっており
すこしづつ身体がプールに飲み込まれている感覚があった。
仄暗い水底から人魚が足を引っ張るような緊迫感に動揺するもおばちゃんの童謡は止まらない。
半べそで呼びかけようにも
顔半分が水に浸かる時間が多いため
話始めとともに水をたくさん飲んでしまい
恐ろしいジレンマがうまれる。
瞬間
腕の浮き輪が「ぽわんっ」と外れた
まばたきをする暇もなく目や鼻に水が攻め込んでくる
ググッと上から強い力で押し込まれる感覚で
水面まで沈みゆく我が幼き身体
「とんぼのめがねはみずいろめがね~」
深いリバーブのかかったおばちゃんの
「とんぼのめがね」がいっぱいいっぱいの耳の穴に注ぎ込まれていく。
水の世界では姿を変えた館内の照明が
バイバイするように揺らいでいた。
記憶はそこで弾き飛んでいる
救助された僕は大泣きしながら
プールに対して罵詈雑言を浴びせた。
これは紛れもない自然(水という観点)に対しての挫折であった、
にもかかわらず数年間水泳教室に通い続けた理由は未だに不明なのだ。
ある時は当時大好きだったフラミンゴのぬいぐるみを
わざわざ母が持ってきて、親御さんが鑑賞するスペースから
ぬいぐるみで手を振ってやる気を出させる作戦
またある時は欲しがっていたカービィ(アイスとニードル)のフィギュアを
買ってもらうという交換条件で契約を結んだ日もある
まったくもってなんの為に通っているのだという話だ。
小学3年生で沖縄へ引っ越したタイミングで
水泳はやめてしまったのだが、ここにきて
無意味と謳っていた習い事の日々が実を結ぶのであった。
沖縄県の子供はみんな泳力が高くて当たり前、
何故ならば近くに広大な海が広がっているから
と多くの読者は思うハズ
実のところ僕が通っていた
小中高の学生は25mも泳げないカナヅチだらけであった。
中学生1年で半強制的に加入した
部活でギリギリ笑えないほどの
いじめを受けていた夏。
部活の一環で水泳レースなるものをやらされたのだが
この流れなら言わずもがな、他の追随を許すことなく僕の圧勝だった。
一回目のレースで自分の力量と相手集団との差を理解した僕は二回目のレースでは息継ぎをすることなく50mを迅速に泳ぎ切りいつもは肩で風をきり、胸を張って歩く輩の哀れな姿を鑑賞する立場に移った。
陸上での競技や球技は卒なくこなす
色黒のスポーツマンが必死にもがき泳ぐ姿は
漂流するココナッツのようであった。
その日以降彼らが無意味に僕に干渉することは無くなった、
同じタイミングで僕もその部活から足を洗った。
スイミングスクールに通わせてくれた両親に心底感謝している。
意図せずに水泳が防衛スキルになっていた。
ちなみに球技もそれなりにやったことはあるが
微塵も上達はしなかった(というよりも本当に楽しくならなかった)
なので水泳を選択した両親は僕のことを深く深く分かっていた。
いまでは水の中に身体を沈ませる作業が好きで堪らない。
旋毛からつま先をひとまとめにして水中で核になる。
この瞬間この世界から分離したような特別な存在となる。
人間との関わりを限りなくゼロにして、自分だけの世界を生み出す圧倒的エゴイズムが水中にはある。
「とんぼのめがね」を聞くとタイタニックよろしく転覆したあのトラウマが思い浮かびげっそりするのに変わりは無いけれど、大いなるストレス解消法を得る事ができたので概ね満足だ。
この世界が憎いと思ったそこの君も
水中に沈み この世から線を引こう
さすれば救われる
筈