ショドーをする

【デイ・アフター・チェインド・オイラン】

重金属酸性雨が降り注ぐツチノコ・ストリートの一角。ソウカイヤ傘下のヤクザクラン「ヘルカーネージ・ヤクザクラン」の応接間に五人の人影あり。

部屋の中央に位置する見事な大理石テーブルを挟むようにして革張りソファに奥ゆかしく腰掛けるのはユコバックスライサー。対面するのはヘルカーネージ・ヤクザクランのオヤブンであるグレーターヤクザ、ジンゴロ

その傷だらけの顔は強張っているが、辛うじてソンケイを保つ。ジンゴロの背後には冷や汗を隠そうと必死なレッサーヤクザが二人。彼らは万が一に備えてのジンゴロの護衛だが、気休め程度にもなるまい。

「ドーモ、ジンゴロ=サン。私はソウカイヤのニンジャ、ユコバックです。こちらは同じくスライサー=サン」「…ドーモ」「ドーモ、ユコバック=サン。スライサー=サン。ジンゴロです。この度は大変お世話になりました…!」ジンゴロは深々とオジギし、誠意を示す。

先日、彼はかねてより敵対していた「ブラッドカタナ・ヤクザクラン」へのアサシン派遣依頼をソウカイヤに行い、目の前の彼らがそれを遂行した。それも「その夜の内に」だ。ジンゴロはソウカイヤの決断的な仕事の速さと、あまりの無慈悲さに震え上がった。依頼したのは自分なのに、だ。

立場上カミザに座ってはいるものの、ジンゴロの目の前にいるのは自分達がミカジメを納めているソウカイヤのエージェントであり…ニンジャなのだ。あらゆる意味での上位存在に対する本能的な恐怖を、グレーターヤクザのソンケイで押し留めて応対してはいるが、気を抜けば醜態を晒しかねない。(クソ…さっさと帰ってくれ…!こちとら事後処理だの、ソウカイヤへの莫大な謝礼金の用意だので忙しいってのによ…!)

「それで、本日はどういったご用向きで。ただのゴアイサツってわけじゃありませんよね?」内心での動揺を隠しつつ、ジンゴロは努めて威厳を保って振る舞う。レッサーヤクザ共が見ているのだ。ソンケイを見せねばならぬ。

「ええ、ご心配なさらずともお時間を取らせるつもりはありません。そちらもストリートの掌握などにお忙しい所でしょう?」「…!」ユコバックと名乗った老ニンジャに腹の内を見透かされているように感じたジンゴロは一瞬息を呑む。

ユコバックは畳み掛けた。「用件はふたつ。まず、我々がブラッドカタナの事務所を襲撃した際、そちらの所有されているオイランを保護しました」
「な、なんですッて!?スズリが!生きてたんですかい!?」ジンゴロは驚愕した。てっきりもう殺されているものと思って諦めていたからだ。

◆チェインド・オイラン『スズリ』 (種別:モータル/オイラン)
カラテ		1	体力		1
ニューロン    	2	精神力		1
ワザマエ		2	脚力		1
ジツ		ー	万札		2
							
◇装備や特記事項
 カルマ:善

そもそも今回の依頼の発端となったのが傭兵ニンジャ「ブラックマンバ」の力を得て増長したブラッドカタナ・ヤクザによるスズリの拉致である。しかも一緒にいたレッサーヤクザ達も殺された。ジンゴロはこれに激怒し、ソウカイヤにブラッドカタナの徹底的な殲滅を依頼した。

そしてその数時間後に少し冷えた頭で思い至ったのが、ニンジャとヤクザの抗争に巻き込まれてスズリが死ぬ可能性である。ソウカイヤはネオサイタマで最も強大で無慈悲なヤクザ組織だ。殲滅対象となったヤクザクランの事務所にいたのならば生還は絶望的だろう。そう思い、ジンゴロは泣く泣く彼女をキリステしたが…

「ええ、拘束されてはいましたが傷一つ無く、無事でした」「よ…ヨカッタ!それでそのう…お幾らほど…支払えばよろしいので?」

ジンゴロとてクランを率いるオヤブン。『保護したのでお帰しします』などという虫のいい展開になるとはハナから思ってはいない。何事もカネだ。「まぁ落ち着いてください。ひとつめの用件はここからが本題ですので」「エッ…」「スズリ=サンの所有権を、我々に譲っていただきたい

「な…!」ジンゴロは再び驚愕し、立ち上がって叫んだ。「そ、そりゃあいくらなんでもスジってもんが…!カ、カネなら払いますンで!」スズリはヘルカーネージの抱える何人かのオイランの一人に過ぎないが、貴重な財産だ。おいそれと手放すわけにはいかない。「落ち着いてください。と申し上げている」「ム…!」ユコバックの赤い瞳に射竦められ、ジンゴロは言葉に詰まって座り込む。後方でレッサーヤクザの片方がしめやかに失禁した。

「何も我々とてタダでスズリ=サンを手放せと言っているのではありません。ここからがふたつ目の用件ですが…」ユコバックは懐から小さな記憶素子を取り出し、テーブルの上に置いた。「…こりゃ、何ですかい」ジンゴロが訝しげに尋ねる。

3万で、この記憶素子をあなた方に買い取っていただきたい」「これが何かって聞いて」「顧客名簿データです。ブラッドカタナ・ヤクザクランのね」

◆部屋3のトレジャー・オブジェクト
 ハッカーが使用していたカスタムUNIXデッキには、ブラッドカタナ・ヤクザクランの顧客名簿が含まれている。
 このオブジェクトを破壊することで名簿の入った「記憶素子」を取り出せる。これは【万札:5】とみなされる。

「な…!」ジンゴロはみたび驚愕し、立ち上がりそうになるのをどうにか抑える。ブラッドカタナの顧客名簿だと?それが真実ならば…「使い方次第で莫大なカネを生み出す。そうでしょう?」「……」やはりこの老人は一筋縄ではない。ニンジャである以前に、油断ならぬ交渉の手管だ。

「この記憶素子を普通に市場に流したなら…所詮は単なる顧客情報。5万程度の価値が付けば良い所でしょう。しかし、これからブラッドカタナ亡き後のツチノコ・ストリートを牛耳るあなた方なら話は別だ」「ウーム……!」

実際ユコバックの言うことは当たっている。このデータを上手く使い、ブラッドカタナの顧客をネコソギできれば長期的に、かつ大きな利益を上げる足がかりになるだろう。今は少しでも多くカネが欲しい…

「……確かめさせてもらっても?」「もちろん。ですが、検分はこの場でお願いします。まかり間違っても複製を取るなどは…なさらぬように」「……」ユコバックの警告に呼応するように、スライサーが鋭い視線を投げかける。後方でレッサーヤクザのもう片方がしめやかに失禁した。

「わ、わかりました。オイ!ヤスダ=サンを呼べ!」「アイエッ…ハ、ハイヨロコンデー!」レッサーヤクザに命じ、ハッカーを連れてこさせる。

…数分後!応接間にはヘルカーネージお抱えハッカーのヤスダ=サンがポータブルUNIXのキーをタイプする音のみが響き渡っていた。「オイ…どうなんだヤスダ=サン?」「ジンゴロ=サン、確かにこれはブラッドカタナの顧客名簿ですよ!」「そ、そうか!そうなりゃコイツで…!」

「おわかり頂けましたかな。では取引といきましょうか」ユコバックは素早く記憶素子を回収し、にこやかに言い放った。「アッハイ」「察しは付いておられるでしょうが、これは交換条件です」「……」

「我々はこのブラッドカタナ・ヤクザクランの顧客データを、あなた方ヘルカーネージ・ヤクザクランに格安でご提供します。その代わりに…」「…スズリの所有権を、アンタ方に譲渡すればいいってわけですな」「話が早くて助かります」「………わかり、ました。その条件、呑みましょう!」

ジンゴロは熟考の末に決断した。今は何よりも、カネだ。ソウカイヤへの謝礼に上納金。ツチノコ・ストリート全体への根回し。宙に浮いたブラッドカタナのシマを取り込むための軍資金。それらと天秤にかけるとなれば、流石にスズリを手放すより他になし。カワイソウだが仕方ない。ジンゴロはオヤブンであり、ヘルカーネージのヤクザ全員を率いねばならないのだ。

「…では、交渉成立ということで。今後ともヨロシクオネガイシマス」「ヨロシクオネガイシマス」記憶素子の代金である3万円と、スズリの所有権を譲渡する事を明記された誓約書と権利書を受け取ったユコバックはにこやかに立ち上がってジンゴロと握手し、オジギしてからスライサーと共に奥ゆかしく退室した。


数日後。マルノウチ近くの人気の無い路地裏に老人と若い女が立っていた。「ドーモ、スズリ=サン。ユコバックです」「ドーモ、ユコバック=サン。スズリです。あの…本当に、私は」「なに、他の皆も納得済みだ。今から君は……」ユコバックは懐からジンゴロのハンコが捺された権利書を取り出し…

「自由の身だ」ビリビリと引き裂き、紙片を焼き捨てた!ブッダ!オイラン所有権放棄である!「本当に…よろしいのですか?」「構わんさ。こう言ってはなんだが、私も他の者たちもオイランにさほど興味がないようなのでね」「ア…アリガトゴザイマス…アリガトゴザイマス…!」

ゴウランガ…ユコバックらは最初からスズリを奴隷としてアジトで飼うつもりなどなかったのだ。それどころか巧みな交渉でヘルカーネージ・ヤクザクランからスズリの所有権をもぎ取り、それを放棄することで彼女をヤクザ・オイランの鎖から解き放ったのである!

「お礼を言われるようなことではない。見方を変えれば、君を無責任に放り出すということなのだから」「そんな…滅相もありません」「それと…言うまでもないかもしれぬが、『我々』のことは他言無用だ。ウカツをすれば、命の保障はできかねる」「ハイ、心得ています」ヤクザクランのオイランとして生きてきた彼女の口は固い。それでなくとも生来の奥ゆかしい気質ゆえそのような愚は犯すまい。

「ところで、これからどうするつもりなのかね、スズリ=サン」「しばらくは、ショドーを売って生計を立てようと思います」「ほう、ショドー」「ハイ。私、オイランになる前はショドー教室で講師をしていましたから」「それはそれは……身勝手な話だが、君の今後の道行きが良きものであることを祈っているよ」「本当にアリガトゴザイマシタ…ラピッドビート=サンやグリムファイバー=サン、スライサー=サンにもどうか、よろしくお伝えください。それと…」「うん?」

スズリがおずおずと差し出したのは、5枚の万札が納められた白い封筒と、1枚のショドー・カケジクであった。「これは」「私の感謝の気持ちです。どうか、受け取ってください」「しかし、君の方がお金は入用だろうに」

「ええ。ですが、これはケジメでもあるのです。ヘルカーネージ・ヤクザクランのオイラン、スズリとしてのケジメです」
「…そうか、ケジメか。ならば、受け取るのが礼儀というものだな。アリガトゴザイマス、スズリ=サン。…オタッシャデ」「オタッシャデ」

スズリは深々とオジギし、雑踏の中へと消えていった。
この暗黒の貪婪都市ネオサイタマで、彼女がこの先どういった人生を歩むのか。それはブッダしか知り得ない。

だが今この瞬間、彼女と四人のニンジャ達の紡いだ人間性の温かみが、確かに一筆のショドーとしてしたためられていた。

ユコバックはスズリから受け取ったショドーを見て、穏やかな微笑みを浮かべ……やがて闇の中に掻き消えるようにその場を立ち去った。

彼の懐に収められたショドー・カケジクには奥ゆかしく、そして美しい字で
風林火山」と記されていた

◆◆◆◆◆◆

【デイ・アフター・チェインド・オイラン】終わり。
【フォー・ニンジャ・イン・フォー・デイ・レジャー】に続く。

◆結果◆

◆喪失◆
ブラッドカタナ・ヤクザクランの顧客名簿入り「記憶素子」

◆獲得◆
【万札:3】【万札:5】「偉大なるショドー」
※万札はそれぞれ1d3と1d6を振って算出しています。

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