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立方体の思い出

 あたしがまだ展開図だったころ、彼が言ったの。
「僕たち、いつか立方体になるんだよな…」。
 その言いぐさが妙にしんみりしているから、私はてっきり三次元ブルーにとらわれたのかって思った。
 三次元ブルーはね、展開図のときは離れ離れのAーBの辺とAーB’の辺が立方体になると重なって、A-B辺になるでしょう?CーDとCーD’の辺もC-Dになってしまう。これまであったx-y’の辺など存在しなかったかのように。いくつかの辺がそんなアイデンティティの危機に直面する、そのことに私たちはとまどうの。これが「三次元ブルー」。展開図が立方体になる時の通過儀礼みたいなものね。
 でも、彼はそんな私の考えを否定した。
「そんな青臭いことに僕が悩んでいるとでも?二次元の僕たちと三次元の立方体は、完全に別形態なのさ。青虫の腹脚をアゲハ蝶に探すヤツはいないだろう?完全変態するのが僕たちだ。今さらどの辺がどれになったか、なんてことは、僕は気にしない」
「ではいったい、何に悩んでいるの?」
「僕たちは二次元から三次元へと完全変態するしかないのだろうか。どうやらこの世界には2.5次元というものがあるらしいと、僕は知った。この前、オタク雑誌という二次元紙面君に聞いたんだ」
「ええ?2.5次元!?」
 初めて聞く次元に、私はびっくりしたわ。
「そう。立法体でありながら、二次元の僕たち展開図のかわいらしさをとどめたままでいる状態のことらしい。ぼくはその地平に行きたいのだ」
「ええ…?」私は絶句した。彼が自分の展開図の状態をかわいいと思っていること、そしてその可愛い状態をとどめたいと思っていることは衝撃だった。私たちは大人にならなくてはいけない。今は未完成で、立方体が完成形なのに。未完成のままでいたいと思うだなんて!
 それ以来、彼とは会っていない。きっと、二次元と三次元のはざまで漂い続けているのでしょうね。そうね、そんな彼をうらやましい、って思う時も、正直言うと、ちょっとだけあるわ。ほんのちょっとだけ。

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