寝不足/猫の人

寝不足
猫の人

【地球最後の恋】
 今まで、誰かを好きになることなんてないと思ってた。恋をするなんて馬鹿馬鹿しい、時間の無駄、だって。

 でも違った。今の私は、こんなにも恋焦がれている。この気持ちは、切ないけど温かい。いつだって彼のことを考えてしまう。

 一度すれ違っただけの彼。けど、私が恋に落ちるには充分だった。彼のゴツゴツした肌に、燃えるような雰囲気。すぐに遠くへ行ってしまったけれど。その姿は今でも強く覚えてる。

 そして明日、彼は再び私の近くにやってくる。その時きっと、私は彼に想いを伝えてみせるの。緊張で体が震えるけど、絶対にやってみせるんだから。

 一方その頃。

「近頃、地震が多い。何かの前触れだろうか……」

 名の知れた一人の学者が、研究室にて思考を巡らせていた。そんなとき、

「博士! 大変です!」

 見るからに慌てている研究員が一人。彼は扉を蹴破るような勢いで部屋へと入った。

「そんなに慌てて、何だね?」

 悠長に尋ねる博士に、助手は掴みかかるように迫る。

「この写真を見てください! 何故今まで気がつかなかったんでしょう。巨大隕石が、地球へと接近しているんです!」

「何だとっ!」

 写真には、巨大な、そして勢いよく地球へと迫る隕石がとらえられていた。

「不味いぞ……。こんなものが地球にぶつかれば、この世界はお終いだ!」

「そんな……。博士、どうにかできないのでしょうか?」

 しかし、博士は黙って首を振る。

「地球は……滅ぶしかないのか……」

「ふひひひひ」

 突然笑い始める博士。

「どうしたんですか博士?」

「お終い。お終いだよ、君ぃ」

 博士の異常な状態に、研究員は後退った。

「しっ、失礼します!」

 ガチャリと閉じられる扉。研究室には、博士の不気味な笑い声だけが響いていた。


 突如発覚した世界滅亡のニュースは、瞬く間に世界中へと広がった。

 どうせデマだと笑い飛ばす者、貯めていたお金を散財する者、奇行に走る者、対応は様々だが、世界は大きく混乱した。

 そんな中、日本のとある高校の少女は、学校の廊下を慌てて駆けていた。

「先輩っ! 先輩!」

 息を切らしながら、先輩を探す。少女は世界の終わりを信じ、最後に、思い人に気持ちを伝えるため、走っていた。

「あの姿は……」

 ようやく見つけた彼に必死に追いつき、肩へと触れる。

「先輩! 私、ミサといいます。こんな日だから、想いを伝えに来ました」

 勢いよく想いを伝える彼女に、青年はゆっくりと振り返った。

「私、一目見たときから、あなたのことが……」

 眩い光が世界を包む。

 
 私の愛する彼が目の前にいる。私は、この日を望んでいた。これで最後になってしまうけれど、想いを伝えて死ねるのなら本望だ。今、愛するあなたに、私の心を届けます。

(超巨大未知物質隕石さん! 私、あなたのことが死ぬほど好きでたまらないの!)

 そう、地球は見知らぬ隕石に恋をしていた! はた迷惑な恋は、今ここに成就されようとしている! 超自然的乙女心は、地球という星にも存在していたのである!

 そして、急速に両者とも接近する! 愛を確かめ合うかのように肌を重ね、燃えるように交わる! 激しい閃光が、今、昏い宇宙に放たれたっ!


【鳥になりたい】
「パパ。私ね、生まれ変わったら鳥になるの」

 とある病室の一角。病人である少女は、窓から空を眺めながら呟いた。

「鳥になって、自由に世界を飛び回るんだ」

 少女の病は、治し方が発見されていない不治の病。少女は生を諦め、次なる生に希望を見ていた。

「マミ、諦めちゃ駄目だ。きっと良くなる」

 寄り添う父親に、少女は諭すように言った。

「私の体だもの、私が一番分かってるよ。だからね、私がいなくなっても、パパは悲しまないで」

「マミ。そんなことを言わないでおくれ。きっと大丈夫だから」

 父親の言葉に、少女はただ静かに微笑んだ。

 一週間が経った。父親は病室で独り、少女と向き合っていた。

「マミはきっと、こうなることに気づいていたんだね。賢く、優しく、愛おしい娘だった」

 昨晩、少女は父親に見守られながら、眠りにつくかのように息を引き取った。

「マミはきっと、鳥になったのだろう。マミの魂は今頃、空のどこかを自由に飛び回っているに違いない」

 先週の会話を思い出しながら、父親は涙を拭う。どこまでも蒼い空は、永遠と広がっている。

 ここは死の国。命失った者が、その魂の善悪を裁定され、転生先を決定される場所。

 そこの主、死の王は訪れた少女に対し、厳めしく口を開いた。

「鈴谷マミ。お前の魂は良きものであった。故に、生まれ変わりたいものを告げるがいい。望むものに生まれ変わらせてやろう」

「私は鳥になりたいです。鳥になることが夢でした」

 少女は嬉しそうに告げる。その様子に死の王は、満足げに頷いた。

「よいだろう。目を瞑るがよい。次に目を開いたとき、お前は鳥になっている」

「ありがとうございます」

 少女は嬉々として瞳を閉じた。


 冷たい風が吹き付ける。空は曇天で、若干薄暗い。

「おい、新入り! もっと近くに寄れ!」

「はい! すみません!」

 一羽の鳥が、先輩らしき鳥に注意された。強い風の中、互いに声を張り上げて会話をしている。

「今日は新入りのお前が、はじめて狩りに行く日だ! 頑張れよ!」

「はいっ!」

 その日、地球の果て、南極の地にて一羽の鳥が元気よく、冷たい海に飛び込んだ。

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