ドライブ旅行記/狼魔
ドライブ旅行記
狼魔
〈何をもって旅行とするか〉
なんとなく、旅行と言うとある程度時間をかけて遠くへ出かけることを指すように感じられる。「日帰り旅行」という言い方もある。あえて日帰りであることを明示することがあるということは、単体では日帰りよりも時間のかかる旅を指すからなのかもしれない。
旅行という言葉から感じる時間的長さを自覚しつつも、ここでは二時間足らずでたどり着けるような場所に出かけることも含めて扱いたい。時間の長短にかかわらず普段と違った場所へ出かける探究心は共通であろう。なにより他にいい言い方が思いつかない。
〈旅行記を書くことについて〉
新しい場所に出かけると必ず発見がある。発見とは、出会いなどに言い換えてもよいが、圧倒的に美しい景色のように大きなものから夜の道路を横切るアナグマのように些細なものまで様々である。また、実物としてではなく、旅をして初めて得る知識や考えがある。そんな発見の数々を誰かと共有したいと思うのは人として自然なことである。しかし、難しいことに話したいことを一から十までフェイス・トゥ・フェイスで存分に聞いてもらえる機会はほとんどない。溜まるばかりで吐き出すのが追い付かないのだ。当然、仕方がないことではある。相手に対して一方的に情報を伝え続けることは会話として成り立たない。会話の中で話題は移りゆくのが自然であり、一つの話題について語り続けることはたいていの場合相手をうんざりさせてしまう。そこで、吐き出しきれない話を吐き出す手段の一つが部誌への掲載である。考えてみるとこれが思いのほか効率的なやり方なのだ。書く側は好きなだけ書ける上に、読む側は読みたい分だけ読めばよいのである。どちらかが損をするようなことはないだろう。
〈なぜドライブなのか〉
ただの旅行記ではなくなぜドライブに限定しているのか。理由は単純で、車の運転が好きだから出かける手段として車を多く利用した結果そうなったのである。運転を楽しむのに適した目的地を選ぶことも多い。しかし、その場合でも旅行の中で運転以外の要素に多くの魅力があるため読者は選ばない。
〇伊豆半島周遊
二〇一九年三月の平日に静岡県の伊豆半島を一泊二日で周遊した。東京から新幹線で三島駅まで行き、駅前で夕方から二四時間ほどレンタカーを借りた。伊豆半島は首都圏からのアクセスが良く、他ではなかなか味わえない優れた景色があるのが魅力である。その他にも水族館やユニークな博物館などの施設も豊富だが、それらすべてを一泊二日で回るのは難しい。そこで今回は景観とワインディングを楽しんで道を走ることに集中した。
〇伊豆スカイライン
伊豆スカイラインは半島北東部を南北方向に伸びる有料道路である。今回は道路が無料で開放される二二以降にホテルの最寄りの冷川料金所から北の終点である熱海峠料金所まで行って帰ってきた。道の途中では夜景を見に来たであろう車を数台見かけただけで、自分の前後を走る車はいなかった。道幅が広く快適なワインディングで、スカイラインという名の通り眺望は素晴らしい。夜景が綺麗なスポットがいくつもあった。また、道沿いにはトイレを含めた休憩所もたくさんあり観光向けにしっかり整備されている印象だった。
〇ホテルにて
伊東市内のホテルを利用した。特別おしゃれではなく平凡なホテルだったが、外国人の宿泊が多かった。外国人がいること自体は当然全く問題ないのだが、朝食の時に中国人と思われる客がスタッフに注意されていた。他の客のために取り置きされていた料理を取って食べていたらしい。バイキング形式ではなかったためパンとご飯以外はおかわりできなかった。さらに、実はその光景を目撃する前に伏線があった。中国人客がセルフサービスの飲み物を取るのをスタッフが怪訝そうな顔つきで監視していたのである。きっと迷惑行為をされないように身構えていたのだろう。それ以前にも似たようなマナー違反が起こっているに違いない。大変気の毒だ。
〇国道四一四号線と旧天城トンネル
国道四一四号線は伊豆半島の中心を南北方向に貫く道で、南の端は下田まで伸びる。適度にカーブがあって楽しいが、仕事や生活の足につかわれる幹線道路という印象が強かった。朝から交通量はそこそこあり、路線バスがいたり直線で軽トラが遅い車に追い越しをかけていたりと少し忙しさを感じた。
旧天城トンネルは旧道で、単に移動のためなら距離が短縮されて道幅も広くなっている新天城トンネルを通る。旧道とはいえ歴史の道百選というものに入っているらしく、あえて足を運ぶ価値がある。トンネルは車で通ることができる。国道四一四号線から細い道に入っていき、途中から舗装がなくなる。トンネルの入り口まではさほど時間はかからない。そして、そこには思いのほか公衆トイレがあった。山の中なのにわざわざ設置してあるのはおそらくハイカーが訪れるからであろう。ともかく、そんな旧天城トンネルの入り口で写真を撮ったのち実際にトンネルを通り抜けてみた。すれ違いができるほどの幅はなく、信号もついていないので対向車がある場合はどちらかが譲らねばならない。しかし、平日の朝九時くらいだったおかげか、その必要はなかった。
〇県道一二七号線西伊豆スカイライン・県道四一一号線
県道一二七号線西伊豆スカイラインは駿河湾が望める見晴らしの良い稜線上のワインディングである。南は県道四一一号線に続いている。実はこちらの方が見晴らしがよいくらいなので、二つの道はセットで考えたい。先に触れた伊豆スカイラインとは違って無料で通行できる。標高が八〇〇メートル以上あり、見渡す限り空に囲まれているようなところを走る。同じような道はそれまで走った経験がなかったため少し感動的でさえあった。富士山こそはかすんで見えにくかったものの、雲が少ない好天だった。にもかかわらず、平日だったからか交通量がかなり少なかったのでコンディションは抜群であった。
〈走る道の下調べについて〉
走る道を調べるのにまず手をつけるのはインターネットである。これは調べ物をするとき全般に言えるのではないか。いきなり図書館や本屋に足を運ぶのではなくて、まずは手元にあるスマホやパソコンでググってみる。このやり方は道を調べるのにどのくらい役に立つかというと、なかなかである。日本全国の峠道を走行動画付きでそれぞれ三分間で簡潔に解説していたり、これまた日本中をドライブして道路や周辺施設のレビューを書いているブログがあったりするので殊勝なことだ。
一方で、ネットの情報に加えて紙媒体の道路地図も役に立つ。ネットには写真や映像があるため情報の量は紙媒体より多いと考えられる。しかし、ネットの情報はこちらから検索しないと出てこないので、はじめから道の番号や名前などを知っていないとたどり着くのに時間がかかる場合が多い。道路地図なら地域エリアごとに全体が見渡せるためより体系的な知識として入ってくる。また、道路以外の情報も充実している。道の駅や飲食店にガソリンスタンドなどの記載に加えて、眺めの良さや普段の混み具合など、実際に道路を走った時に気づくようなコメントまでもついているのだ。こうした理由から、見ているだけで楽しいという側面もあるので一度手に取って中身を見てみる価値はある。
☐長野県の高原まで
二〇一九年のゴールデンウィーク中に長野県の美ヶ原と霧ケ峰の高原を走った。ゴールデンウィーク中ではあったが、朝早くに出発したためか道は空いていた。澄んだ空気と高原特有の景色が印象深い。
☐立石公園
立石公園は丘の上のような場所にあり、諏訪湖がよく見える。公園からの眺めは映画『君の名は。』にも登場していると一部で言われている。公園には夜のうちに到着し、翌朝まで車中泊した。今回はこの公園を高原ドライブのスタート地点とした。
ゴールデンウィーク中のため駐車場に空きがあるか不安だったが、二五台分のスペースのうち半分も埋まっていなかった。さらに朝になると自分の他に三台くらいに減っていた。トイレはあったが電気がつかなかったので懐中電灯で照らさねばならなかった。車中泊をするには近くにトイレがあることはもちろんだが、夜にちゃんと電気がつくこともまた大事であることに改めて気づいた。しかし、明るい懐中電灯があったおかげで電気のつかないトイレを使いこなせたことは準備がよかった。スマホのライトでは光量が不十分であったに違いない。
☐美ヶ原高原
県道一九四号線と県道四六〇号線のビーナスラインと呼ばれる区間を道の駅美ヶ原高原まで走った。ビーナスラインはのちに触れる県道四〇号線の霧ケ峰高原のあたりにも続いている。道の駅美ヶ原高原で車を降りると季節が冬に戻ったような冷たい風が強く吹いていた。バイクで来ている人がちらほらいたが、低地と比べて極端に寒いなかで凍えないのか心配になった。外を少し散歩してもよい気分だったが、あまりの寒さにすぐ車に戻ってしまった。とはいえ、二〇〇〇メートル近くの標高から見える真っ白な連山の景色は圧巻だった。
☐霧ヶ峰高原
県道四〇号線ビーナスラインを走った。眺めの良いワインディングで、途中に展望駐車場がいくつかある。また、走ると路面からメロディーが聞こえる区間があるが、よく知らないメロディーだったので何とも言えなかった。
〈車中泊について〉
車中泊と聞くと窮屈でつらいイメージを抱くかもしれないが、必ずしもそうではない。後部座席を畳んでフルフラットになる車であれば、銀マットを敷いて寝袋を使うだけで快適に眠れる。シャワーなどは出発前に自宅で済ませておけば問題ない。ただしトイレは必要なので、道の駅のようにトイレがある場所を選んだ上で、できるだけ近いところに駐車するのがベストである。
◇登山をしに飯能へ
二〇一九年のゴールデンウィーク中に埼玉県飯能市の天覧山と多峯主山を訪れた。飯能中央公園の駐車場に車を置いて天覧山と多峯主山を登った。登山とはいえ、散歩気分で登れる小さい山である。今回は登山が目的だったので車は移動手段として使った。ちなみに、天覧山と多峯主山も含めて飯能市はアニメ『ヤマノススメ』シリーズの舞台になっている。
◇飯能中央公園から天覧山
満車を心配していた中央公園の駐車場は意外と広く、車は多かったものの空きはあった。公園では子どもがたくさん遊んでいて明るい雰囲気だった。天覧山の入り口までは五分も歩かない。登山道入り口から山頂までも一五分とかからなかった。急な岩場を登る場所があるルートではあったが、本格的に登り始めたと思ったときには山頂に着いたので苦労した感覚はない。山頂からの眺めはそこそこである。
◇多峯主山
多峯主山は天覧山と繋がっていて、標高が天覧山は一九七メートルであるのに対して多峯主山は二七一メートルである。はじめは天覧山を登ってから体力的な具合を見て登るのを決めようと思っていた。しかし、天覧山があまりに早く済んでしまったため即決で多峯主山へ進んだ。天覧山と比べると山頂までの距離が長い。しかし、急な登りは少なく、緩やかだったり完全に平坦であるところが多かったので登山と言うよりは散歩の感覚に近かった。
▽房総半島
二〇一九年二月の平日に房総半島を訪れた。一日だけだったので半島一周とまではいかなかった。運転が楽しそうな道を選らんでみはしたが、それらは特段話題にしたくなるほどではなかった。ここでは濃溝の滝および亀岩の洞窟と鋸山について書くことにする。
▽濃溝の滝と亀岩の洞窟
君津市にある渓流で、インスタグラムで話題になった場所だが注目を浴びる過程で問題が生じている。人気のインスタグラマーが投稿した写真で知名度が上がったが、本来亀岩の洞窟であるものに濃溝の滝と題をつけて写真を投稿してしまったらしい。そのせいで濃溝の滝と亀岩の洞窟は混同されるようになったと聞く。実際に行ってみると分かるが、洞窟と書いてある方にしか洞窟がないので二つとも見さえすれば間違うことはない。
亀岩の洞窟の写真を調べると、トンネルのようになった洞窟の向こう側から斜めに光が差し込んで、さらにそれが池の水に反転して移ることで光の形がハート型に見えるのだ。これならインスタ映えもするだろうと納得できなくもない。そんな絶景を実際に見に行ってみると、あいにくの雪交じりの雨が降るなかで差し込む光などなかった。面白い地形の洞窟だった。
▽鋸山
鋸山は鋭い岩肌が見える山である。頂上から絶壁を見下ろすと結構スリルがある。海が見えて見晴らしもよい。高速道路のインターチェンジから近くアクセスも良いので、ここに来るためだけに足を運ぶのも悪くなさそうである。
山に近づくには二通りの行き方がある。一つは鋸山道路という有料道路を登るルートで、山頂により近いこちらの方がメジャーと思われる。今回採用したもう一つの行き方は観光道路という道を通り、こちらは道路も駐車場も無料である。しかし、鋸山は日本寺という寺の境内にもなっているのでその拝観料はかかる。無料駐車場からは山頂が遠いと聞いていたが、長い階段を我慢して登り続けたところ一〇分ほどで到着した。さらに、無料駐車場からは日本寺大仏が近い。これは崖から削りだした大仏では日本最大だそうで、なかなかの迫力だった。前述の滝と洞窟を後にしてから時間がたって天気が晴れていたのでよかった。