吉村君、彼女ほしい/庭二 羽鶏

吉村君、彼女ほしい
庭二 羽鶏


 友人に、大学生にもなって彼女の一人もいないのかと煽られた。別にできないんじゃない、あえて作っていないだけなんだ。僕がその気になればすぐにでもできる。――そう言ったのは何時だったか。大学三年生、夏。

 僕は食堂の隅で一人、持参の弁当を口に運んでいた。

「孤独だ」

 小さく呟いて周りを見渡す。辺りには男女、男女、男女。まるで、「一人でいることが間違っている」と言われているかのようだ。

 しかし、僕は負けない。そうだ、僕はまだ出会っていないだけなんだ。相応しい相手に。

 一気にご飯を掻き込む。ベテランバイトの如きスピードで片付けを済ました僕は、いつもより歩幅を大きくしながら、堂々と食堂を後にした。

「都合良く運命の出会いが起きないだろうか……」

 だれでもいい、どうか僕に、彼女の作り方を教えてください。



 大学生の日常は案外暇だ。授業のない時間はやることがないし、遊ぶにはお金が足りない。きっとイケイケな方々は、部活やらサークルやらで時間を潰しているのだろう。

 かく言う僕はどこにも所属していない。本を読むことが好きだから、文芸部に入部することも考えたけれど、人間関係のあれこれが面倒でやめた。

 なので、僕は図書館で時間を潰している。図書館は良い。ただ本を開いているだけで、知性に溢れた人間でいるような気になれる。静かで、騒がしい人間がいないところもポイントが高い。お付き合いする女性なら、図書館に通うような、賢くて大人しい人が良いだろう。

 なんて考えながら、自己啓発本を手に取って一番隅の座席に座った。適当にページをめくる。

「あれ? 吉村君?」

 いきなり話しかけられた。突然のことに肩がびくりと震える。

「えっと、どちらさまですか?」

 振り返ると、とてもお淑やかそうな、清潔感のある女性が立っていた。でも僕はあなたのことを知りません。

「ほら、同じクラスの」

 わかるでしょ、と自身を指さす彼女。しかし、僕はクラスメイトの顔なんて、いちいち覚えてなどいない。けど言われてみれば、いたような気がしないでもない。いや、やっぱり分からない。僕は最大限の申し訳なさを込めて苦笑いを返した。

「沢野です! 覚えてね!」

 気を悪くした様子もなく、笑いながら名乗る彼女に、ホッと胸をなで下ろす。

「それで、吉村君はここで何してたの? 課題?」

 僕は彼女の質問に、本のタイトルを見せることで答える。

「へぇ! 真面目なんだね!」

「読書が趣味なだけです」

「そうなんだ!」

 僕は彼女に、「興味なさそう」感を強く感じて、いそいそと読書に戻る。

「そういえばさ」

 じゃあまた、と言おうとした矢先に彼女が話を振ってきた。気でもあるのだろうか。勘違いする前に早くどこかに行ってください。

「ライン交換しようよ!」

 彼女はそう言ってスマホを掲げる。正気かこの女。

 距離感が近すぎやしないか。

「はぁ、どうぞ」

 冷静に返そうとして、素っ気ない対応になってしまったことを後悔しつつ、スマホを取り出す。

 位置情報を用いた、なにやらで交換する。

「この写真オシャレだね」

 僕のプロフィール画像を褒める彼女に、とても嬉しくなる。そうだろう、僕が一生懸命にネットから探してきた風景写真だ。美的センスのある女性は素敵だ。では、彼女のプロフィール画像は何だろうか。

 拡大を押して見る。

 そこには、満面の笑みの彼女と、同じように笑う爽やかイケメンの男。距離も近く、とても中睦まじい。

「じゃあ、またね!」

 ライン交換を終え、立ち去る彼女。声は出さずに手を振る。

 僕は手元のスマホに視線を戻し、登録ボタンは押さずにホーム画面に戻った。

 あれだ、彼女はパリピというやつなんだ。勘違いを起こす前だからセーフだ。

……当分は図書館に来るのを止めよう。



 連休になった。しかし、孤独な僕には全く関係のない話だ。なぜなら遊びに行くような知り合いも、用事もないからだ。

「そうだ、実家に帰ろう」

 長らく帰っていなかったし、丁度良いだろう。どうせ暇なのだから。

「ただいま故郷」

 田舎でもないけれど都会でもない、まるで僕のように中途半端な故郷に帰ってきた。

 自宅に帰ると母親がいて、僕を見るなり

「何だ、帰ってきたの」

 とため息をつかれた。なんて親だ。

「たまには顔を出そうと思ってね」

「あらそうなの。何も出せないよ」

 お小遣いをせびりに来たと思っているのか。

「別に良いよ」

 自宅にも居場所はなかった。ちょいと散歩にでも行こう。久々の故郷だ。

 相変わらず何もない、近所のコンビニに入ったが、品揃えが悪く、プリンを買うつもりがゼリーを買う羽目になった。

「いつ帰ってきてたのさ!」

 正面から満面の笑みで走ってくる女性。少なくとも僕の記憶にこんな女性との交友関係を持っていた記憶はない。

「いやー久し振りだね」

 でへへ、と笑う女性。そしてその独特の笑い方で思い出す。

「もしかして浜野?」

「わかってなかったの? 失礼しちゃう!」

 頬を膨らます彼女にドキリとする。胸キュン的な意味で。

「ごめんって、久しぶりに会ったら分からなかったんだよ」

 プンスカといじける彼女に、困り果てる。これで手を打つか。

「これあげるから許してくれ」

 僕はついさっき買ったゼリーを彼女に渡す。

「え?それは悪いよ」

 と言いながらも、受け取る彼女。そういえば昔もコイツは食意地がはっていたな。昔を思い出して苦笑いする。

「何か懐かしいね。昔もよく吉村からお菓子もらってたっけ」

 彼女も同じように昔を懐かしんでいた様子で、嬉しくなる。すると突然彼女が

「あ! 吉村はあの約束覚えてる?」

 と言いだした。あの約束?何かしていただろうか。

 そんな漫画のような展開があった記憶はない。でもしかし、万が一にも漫画のような約束をしていたならば、忘れたなんて言えば大変なことになるだろう。

「お、覚えてるよ」

 すると彼女は嬉しそうに手を差し出してくる。これはなんだ。手を握ろう的なあれか。まさか本当に漫画的なやつなのだろうか。恐る恐る手を握る。

「いきなりなにしてんのさ、気持ち悪い。いいからはやく五百円返してよ」

 彼女は冷たい目で僕を見る。

「はい、いま出します」

 いたたまれなくなった僕は、急いで財布から五百円玉を取り出して彼女に渡した。

「吉村ったら、最後の日に奢ったご飯代を返さないまま遠くに行っちゃうんだもん。あれだけ返す返す言っておいて」

 彼女は笑いながら肩を叩いてくる。

「あの、その、ほんとにすみません」

 心の底から謝罪する。忘れててすみません。やましい気持ちを抱いてすみません。

「そういえば私、予定があるんだった! じゃあね吉村!」

 僕が心の中で美しい土下座をきめていると、彼女は慌てて走り去っていった。よくあんな長いスカートを履いて走れるな、なんて考えているうちに、彼女の姿は見えなくなった。

 嵐のような彼女は、僕からゼリーと五百円と体力を奪っていった。手元にはスプーンだけが入ったレジ袋が虚しく風に揺れていた。


「おかえり。早かったね」

 再び家に帰ると、母親が夕食を作っていた。カレーの匂いが玄関にも充満している。

「ただいま。今日はカレー?」

 分かっていても聞いてしまう。

「匂いで分かるでしょ。カレーだよ。楽だから」

「さいで」

 久し振りに食べる母親の手料理は、疲れたからだと心によく効いて、とても美味しかった。自分が作るカレーと味は大して変わらなかったが。

 まぁ、たまには帰郷も良いだろう。



 ファッションセンスがない。唐突にクラスの女子に言われた。パーカーとジーンズの何が悪いのか。楽で良いじゃないか。なんて愚痴りながら、僕はショッピングモールに足を運んでいた。

 足を運んだはいいものの、何を買って良いのか分からない。僕が服屋に入ってから、かれこれ数十分が経過している。そもそもセンスがない僕が選ぶ服は、結局センスがないものになってしまうじゃないか。人のセンスを笑う人は、アドバイスも同時にする義務があると思う。

 ふと、マネキンが視界に入る。これが着こなすということか。僕は感心しながらじっくりと見つめる。いっそのこと店員に、これと同じものを頼もうか。しかし僕はマネキンほどスタイルが良くないし、人にマネキンと同じものを買ったとバレるリスクが怖い。なにより店員に、マネキンを指さして「これと同じものを」と言うのが嫌だ。

「何かお探しですか?」

 長いこと悩んでいる僕に、ついに店員が声をかけてきた。よりにもよって女性の店員が。しかし、僕はなけなしの勇気を振り絞る。

「僕に似合う服ってありますか」

 それなら、と快く案内してくれる店員。これなら早いこと頼んでしまえば良かった。

 店内の奥の方に進んでいく、なるほど僕に似合う服は店前にはなかったのか、見つからないわけだ。

「こちらなど、どうでしょう」

 店員が服を手に取る。

「パーカー、ですか」

 胸元に入った縞模様が若干おしゃれ感があるが、いつも着ているものとたいして変わりがない。しかし、せっかく案内してもらったのにパーカーは嫌です、と言うのも心苦しいような気がする。とりあえず受け取って合わせてみた。

「とてもお似合いですよ」

 店員が微笑む。まぁ、店の人が言っているんだ、僕にはパーカーが最も似合うのだろう。

「これ、ください」

「ありがとうございます。レジはこちらになります」


 購入してから思う。なんで僕はクラスメイトの言葉を気にしていたのだろうか。僕が着たい服を着れば良いじゃないか。痛い出費だ。結局買ったのもパーカーだし。もう当分は服なんて買わない。そう思う僕であった。



 大学周辺を散策していると、なんだか良い雰囲気の公園を見つけた。緑が多くてとても気持ちが安らぐ場所だ。木々が丁度良く光を遮って、なんだか眠気を誘われる。小さなベンチに腰掛けてウトウト船をこいでいると、横に女性が座ってきた。雰囲気に毒されていた僕は、らしくもなく自分から声をかけていた。

「この公園、素敵ですね」

 突然僕のような男に話しかけられた女性は、少し驚いたようなリアクションをとった。

「え? そうですね」

 女性の対応で少し正気に戻った僕は、話しかけたことをかなり後悔する。

「大学の方ですよね? よくここにいらっしゃるんですか?」

 彼女は頷く。

「あなたもよくここに?」

 良かった、話を続けられた。

「いえ、偶々今日ここを発見しまして」

「そうなんですか」

 冷たい反応に背筋が寒くなる。話しかけてすみません。

「ここ、気に入ったんですか?」

 しかし今度は彼女から話しかけてくる。さては彼女も同類だな。コミュ障仲間だ。

「そりゃもう。毎日来たいくらいですよ」

「そうですか」

 良い感じに話が続かない。これは間違いないだろう。とても話しやすい。

「もうすぐ授業ですね」

 彼女が時計を見て言った。ゆっくりしていて忘れていたが、急がないと授業に遅刻してしまいそうだ。

「じゃあ僕はこれで」

 彼女に礼をしてから立ち去る。もう少し話していたかったけれど、授業なのだから仕方が無い。また、公園に来れば会えるだろうか。そんなことを考えながら公園を後にした。


 一週間が経った。僕は再び例の公園に向かう。彼女を目当てに。前に彼女が来たベンチに向かうと、本当に座っていた。ラッキー。運命的なほどついている。

「どうも。一週間ぶりです」

 後ろから声をかける。振り向いた彼女は表情を変えずに「どうも」とだけ言って、前を向いた。

「横良いですか?」

 と言いながら座る。彼女は横にずれてスペースを作ってくれた。優しい。

「毎日ここに?」

「いえ、一週間ぶりに来ました」

「そうなんですか」

 質問しておいて興味なさげだ。

「失礼します」

 さらにすぐに帰ってしまった。忙しかったんだろうな、と自分に言い聞かせる。彼女がいなくなってから数十分ほど時間が経過したのを確認してから、自分もそそくさと公園を後にした。

 もう二度とこの公園に来ることはないだろう。


5 


 あれこれしているうちに、夏が終わろうとしている。未だに彼女ができず、疲労感だけが残った。そもそも、彼女の作り方なんて習っていないのに知っているはずがない。あぁ、誰でもいいから僕に彼女の作り方を教えてください。また孤独な夏期休暇がやってくる。

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