年末記事(他ブログからの転載につき、無料公開) 2024年は主に、吹奏楽演奏会を聴きに行った
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2024年は主に、吹奏楽演奏会を聴きに行った
その1「大阪府立高校の吹奏楽部の演奏会がこんなに変わった?それとも変わってない?〜大阪府立池田高校吹奏楽部定期演奏会」
1980年代に、大阪府立の高校の吹奏楽部で活動した経験と、その後、1990年代に同じく府立高校の吹奏楽部を教員の立場で指導した経験をベースに、久しぶりに聴いた府立高校吹部(という言い方は昔はなかったが)の定演の変わりっぷりに驚いた。
ところが、演奏会の中で挨拶したその吹部の顧問の先生は、「大阪の吹奏楽部定演のよくあるパターン」というのだ。つまり、全体が3部構成で、最初は真面目な古典的な楽曲、真ん中はお遊びありのエンタメステージ、で最後はポップス中心。こういうのが大阪の吹奏楽部のよくやる演奏会構成だという。
だが、一昔前は、違った。3部構成なのは同じだが、最初に吹奏楽オリジナル曲、真ん中にポップス曲、最後にクラシック有名曲のアレンジものなど重厚な長めの曲、という構成が普通だった。
いつ頃から、高校吹奏楽部の演奏会の構成が、ポップスで締めるようになったのだろう。
しかも、これは池田高校独特のやり方なのかもしれないが、演奏会最後の曲で、3年生のメンバーにそれぞれソロをとらせて、卒業演奏みたいな演出をしていた。
これは、とてもセンチメンタルなコンセプトで、まるで卒業ステージ、のような考え方だ。
その最後の曲のあと、お約束のようなアンコールが3曲続いた。客席の半数以上が同校の関係者や、生徒の出身中学の生徒たちだから、毎年このパターンで伝統的なステージを作ってきたのだろう。
この高校のような、歴史の長い伝統校の場合、多かれ少なかれ、こういうセンチメンタルな構成をして演奏会を作ってきたのかもしれない。
そこで、一昔前を振り返ってみたい。
1980年代の、私たちが経験した吹奏楽部の演奏会では、先に述べたように、3部構成でジャンル別に分け、最後は重厚な有名楽曲で締めくくる、というパターンが多かった。この構成は、実のところ、多くのクラシック・オーケストラの演奏会で踏襲されている構成の変形バージョンだ。たいていのオーケストラ演奏会は、メイン曲というべき大きな楽曲を中心に、前半を協奏曲などで占める。今でもこの構成は大して変わっていない。だから、80年代の私たちの高校吹奏楽部の演奏会は、クラシックの演奏会構成を真似して作ったのだ。
その後、90年代を通じて、クラシック演奏会の方はあまり変わったとはいえないが、高校吹奏楽部の方は、おそらく変化してきたのだろう。
それにしても、今回聴いた池田高校の演奏会では、構成もさることながら、顧問の教師や外部指導者の先生が、生徒たちと非常に和気藹々とステージに参加していた。これは、一昔前にはなかった特徴だ。80年代の教員は、部活の生徒とあんなにはしゃいでみせたりしなかったように思う。
教師と生徒は一線を画していて、部活の演奏会でも、生徒は自主的に活動しているという体裁を強調していたように記憶している。
その分、演奏も、演奏会の組み立ても稚拙だったが、あくまで生徒たちが協力して自力で幼いながらもプライドの高いステージを作っていたように思う。
その意味では、今回の演奏会は、生徒と教員・指導者が仲良く一緒に作るステージ、という印象が強かった。それは、時代の変化というものだろう。
最後に、この演奏会の中であいさつしていた3年生の元・部長さんが、ユーフォニアム担当で、まるで『響け!ユーフォニアム3』の黄前さんみたいだった。「しんどいことの方が多かったけど」と素直な感想を語ってくれたのも、よかった。演奏会や、バンド活動をリードしていく役割は、毎日が悩みの連続だから、華やかなスポットの当たる生徒指揮者やソリストよりも、部長・副部長といった幹部生徒をもっとみんなほめてあげてほしい。
ちなみに、私自身も、数十年前、高校吹奏楽部で部長だった。やれやれ、しんどかったなあ。
その2「母校吹奏楽部の創部60周年記念演奏会を聴く」
ここだけの話、わが母校の府立高校は、高校受験で府内トップの倍率で毎年のように受験生を悩ませている。それも府立高校トップ10校の文理学科の各校より、倍率では高かったりするので、受験しようとする中学3年生は、頭を抱えてしまう。
何しろ、近年の府立高校受験では、橋下府知事時代以来の改革で、府立高校上位10校の文理学科の入試は難問揃いで、実際の偏差値よりももっと余裕を持った実力が要求される場合が多い。それでも、文理学科の入試倍率はそこまで高倍率ではない場合もあり、レベルに達した中3生が準備して受ければ、受かるに違いない。
それなのに、文理学科でもなく特別の学科でもない普通科高校のわが母校が、毎年のように高倍率を示している。受験生は、実際の自分の偏差値よりどのくらい上回る実力を、当日の入試で出さなければならないのか、当日本番を受けてみるまでわからない。わかりやすくいうと、公立の高校入試なのに大学入試みたいな倍率だ。
そういうわけで、わが母校と言いながら、自分自身が受験した40年前より、ものすごくハイレベルな受験を強いられているのが、今の後輩たちの現状なのだ。
と、ここまでは前置きだが、長い間、母校吹奏楽部の演奏を聴く機会を逸してきた。単に自分の生活がキツキツだっただけなのだが、噂で後輩たちの活躍ぶりは耳にしてはいた。
本当に久しぶりに、母校の現役高校生たちも交えた卒業生(それも何世代も若い後輩たちばかり)の吹奏楽ステージを聴いて、40年前の自分たちの演奏と段違いにレベルアップしている実情を体験した。
それというのも、自分たちが高校2年生の時に、吹奏楽コンクールで演奏した課題曲「吹奏楽のためのインベンション第1番」を、40年後、今の現役高校生と卒業生の混合バンドで演奏するのを聴いたからである。
吹奏楽部の演奏、と一口に言うが、40年前の自分たちの部活は、プロの指導者もなく、音楽の先生にも特に指導を仰がないで、時折きてくれる卒業生の大学生にそれぞれの楽器のアドバイスを受ける程度で、ほぼ自力で音楽活動をやっていた、そういう年代だったのだ。もちろん、他校にはプロ指導者がいたり、音楽教師が吹奏楽をしっかりサポートしている例はあったが、わが母校と、近隣の数校、当時は三つの高校で合同演奏会を毎年やっていたのだが、どこも同じように、ほぼ自力でクラブを運営し、演奏も自力でなんとかやっている環境だった。
そういったいわば我流の吹奏楽部のやった演奏と、今回聴いた、しっかりとプロのトレーナーのついたクラブの演奏(卒業生もおおむねそういうトレーナーの下で演奏してきた世代)とは、根本的に違った。
吹奏楽部は、管楽器と打楽器で編成されるので、なんといっても管楽器の音の鳴り方が全てを決定づける。我々の40年前のやり方は、管楽器の音の出し方も我流で、教則本をもとにして先輩が後輩を教えるというバンドだった。だから楽器の鳴らし方は無理やりが多く、きちんと楽器を鳴らせていない場合が多かった。
今の学生さんは違う。初歩の楽器の鳴らし方から、トレーナーやプロの指導が入った形でやっている(と思われるのだが)せいだろう、管楽器の音の鳴り方が、我々の頃よりはるかにスムーズなのだ。
40年前に自分たちがやった同じ曲の演奏を聴いていて、とにかく楽器の音の鳴り方が自然なのに驚愕した。
具体的な話だが、筆者は高校時代、フレンチ・ホルンを吹いていて、この同じ曲ではホルンのソロがあった。アルト・サックスと絡むそのソロで、高校時代、コンクールでの演奏でとても緊張してうまく吹けなかった苦い思い出がある。
今回、同じそのソロを吹いていたのが現役の高校生なのか、卒業生(我々より何世代も若そうな人たち)なのかわからないが、ソロ・ホルンの音がなんとものびやかで、歌わせ方もたくみであり、アルト・サックスとの絡み方も実に味わい深いものだった。
そこだけでなく、この曲のあらゆる音が、自分たちの時の演奏と比べて、実に楽々と、よく響き合っていたのだった。40年の時の流れを、まざまざと体感させられたひとときだった。
吹奏楽部・吹奏楽演奏について、筆者はこれまでさまざまに論評したり、小説にも描いたりしてきた。人気アニメ『響け!ユーフォニアム』についての批評で、昨今の吹奏楽演奏についてあれこれ論じたりもした。
だが、現実に、自分より40年前後若い(卒業生たちもおそらく10〜20年は若いはず)吹奏楽演奏を、そかも自分たちがやった同じ曲で体感して、やはり時代とともに音楽演奏は進化するのだという実例に接したのだった。今の若い人たちの音楽は、自分たちの頃よりもずっと高度で、洗練されていて、素晴らしい響きを実現していることを知る機会となった。
※参考
わが母校の吹奏楽部を取材した新聞記事
「一緒に乗り越えてくれた後輩へ 最後の演奏会、卒業生全員で贈る思い」
朝日2024年3月21日
https://www.asahi.com/articles/ASS3M4G72S3COXIE01C.html
その3「母校・春日丘高校の吹奏楽部演奏会に行く」
今年もおしつまった12月22日、茨木市の立命館大学キャンパスのホールで、府立春日丘高校の吹奏楽部が演奏会をするのを聴きに行った。
筆者の出身校であり、自分も吹奏楽部のOBでもあるので思い入れはあったが、これまで年末のこの時期の多忙にかこつけてこの演奏会に行ったことはなかった。かつて自分たちが高校生だったはるか昔には、12月下旬の演奏会として、近隣の3つの高校吹奏楽部の合同演奏会をやっていたのが、いつの間にかなくなってこの「パラダイスコンサート」に変わった。
時代の移り変わりを感じるのは演奏会そのものだけではなく、自分たちの頃の演奏会場だった「茨木市民会館」が老朽化のため取り壊されたのも感慨深い。
※過去動画「茨木市民会館ファイナルコンサートのフィナーレ」
https://youtu.be/UsgevkHBKgI?si=mk8unJNX5zzlMPgA
新しい市立文化施設「おにクル」ができるまで、茨木市の高校の発表場所としては、新たに市内に移転してきた立命館大学のホールを借りていた時期があったという。立命館大学の新キャンパスは実にきれいな空間で、そのホールにも今回初めて入ったが、いかにもお金のかかった施設だという感じだ。
自分たちが40年前に体験した高校生活の雰囲気と、今の高校生たちの活動ぶりは、ずいぶん違っているように見えるが、それでも同じ高校、同じ部活の演奏会だという空気感も、どことなく漂っている。今回の演奏会はファミリーコンサート風の作りで、舞台にも高校生だけでなく顧問などの教師や卒業生も大勢メンバーに加わって、いかにも和気藹々としたステージだった。客席には近隣の子ども連れと思しき家族もいれば、春日丘高校の生徒が部活帰りのジャージ姿のまま大勢来ていたりと、ほんわかした雰囲気だった。
とはいっても、無料イベントの割に客席は6割程度の埋まり方で、やや寂しい感じがした。高校生の音楽活動は地道なもので、プロ団体のような宣伝もできないし、口コミで集客するのも限度がある。高校生の家族がもし全員聴きにきたとしても、満席にはならない。そこは若い学生たちの集客の工夫が必要不可欠だ。
それでも、さすが大阪府立高校の中で入試倍率1、2を争う高校だけあって、今時の十代らしくインスタグラム(十代の子らは本当はTikTokがメインなのかも?)を駆使して、吹奏楽部のメンバー総動員で宣伝動画を流していた。それも、動画編集を工夫して、さまざまに趣向を凝らした宣伝動画になっていた。それでも集客に苦労しているように見えるのは、おそらくインスタグラムを見る層と、吹奏楽の演奏会を聴きに来る客層がうまくマッチしていないのかもしれない。
そもそもが大阪府立の高校は以前に比べて激減しており、府の方針が変わらない限りもっと減らされることになっている。大阪府立の中でも人気が高い春日丘高校は統廃合されることはないだろうが、それでも生徒数(子どもの数そのもの)が年々、急激に減っていく以上、吹奏楽部のメンバーも人数を単純に増やすことはなかなか難しいかもしれない。ましてや、大きなホールを満席にするというような集客は、これからはもっとハードルが上がるだろうと予想できる。
12月下旬のクリスマス・ファミリーコンサートという位置付けのこの演奏会が、これからも地元に定着し、愛されるイベントとして残っていくことを願ってやまない。
ちなみに、来年3月30日に、新市民会館である「おにクル」のホールで、春日丘高校吹奏楽部の定期演奏会があるが、こちらはなんと50回目! 先月には創部60周年の記念演奏会があったばかりだが、わが母校ながら歴史の重みを実感するイベントが続くのは、実に嬉しいことだ。
自分自身が春日丘の高校生で吹奏楽部の部長だった時は、第9回の定期演奏会をやったのだがあの当時も、やはり集客やら予算獲得やらで駆け回っていたことを懐かしく思い出す。
今回の「パラダイスコンサート」でも演奏会後に、ロビーでは吹奏楽部のおそらく部長や副部長など幹部と思しき生徒さんたち(今時の高校生さんらしく髪の色もカラフルだった)が、後片付けに走り回っていた。昔も今も、高校生の自主的な演奏会の裏方は人知れぬ苦労をしているのだろうと想像した。それだけに、演奏会が無事に終わると大きな達成感を味わったはずだ。さまざまに大きなイベントが流行る昨今だが、イベントの祝祭的な空気を下支えしているスタッフたちの地道な努力に、改めて敬意を表したい。
※土居豊の吹奏楽関連の小説
(1)
『サマータイム、ウィンターソング&モア』1巻
(土居豊 作)
https://bookwalker.jp/deca470945-e0e2-4b65-a228-ad6415dfdd1e/
kobo版
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Kindle版
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『サマータイム、ウィンターソング&モア パート2』
(土居豊 作)
https://bookwalker.jp/de34ab8a27-9811-4026-8ea0-0610494e070e/
Kindle版
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《本作では、上記ブログに書いたような、吹奏楽部の幹部、部長・副部長・学生指揮者などの地道な活動に焦点を当てた、縁の下の力持ち的な高校生の青春を描きました》