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「音大&音楽現場取材」編 3  (2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)

「音大&音楽現場取材」編 3
(2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)




前段

新章「音大&音楽現場取材」編 1




2005年7月18日

 今日はまた、東京にきている。別の現場取材のついでに、パルテノン多摩で行われる国際クラリネット・フェストを聴きにきたのだ。
 国際クラリネット・フェストというのは、毎年世界各地に会場を移して行われる歴史あるイベントで、アジアで開催されるのは今回が初めてとあって、様々なプログラムが準備されている。
 東京の多摩はサンリオのテーマパークがあるので知られているし、東京のベッドタウンとして早くから開発された土地だ。パルテノン多摩という総合文化施設が丘のうえにそびえたっているが、ここはみるからにバブルの産物という雰囲気だった。
 筆者が取材している音大にクラリネット・オーケストラというのがある。クラリネットを専攻する学生およそ100人弱で編成された、大小さまざまなクラリネットの大掛かりなバンドである。クラリネットという楽器は歴史も浅いので、楽器の種類も覚え切れないぐらいある。ほとんどがいわゆる特殊楽器で、大編成のバンドでしか用いられないから、こういう機会でもなければ、実物にお目にかかることは少ないだろう。
 筆者は、このイベントの数日前から別の取材で上京していた。
 実のところ、商業小説家デビューしたこの1年間、取材期間として筆者は音大だけを取材していたのではない。
 数え上げると、2005年の春から、音大以外に、上京して音楽現場をいくつか取材し、知り合いの画家の展覧会を準備段階から取材している。音楽現場も、クラシックだけでなく、モダン・ジャズのプロ奏者にインタビューして、それを参考に短編小説を書いたりしていた。画家の取材は、長編小説にまとめるつもりだったのだが、後に書く事情によって、しばらくの間、業界から干されてしまうことになり、お蔵入りとなった。
 この時の上京では、まず新宿歌舞伎町の向かいにあるライブハウス「DUG」で、新進気鋭のサックス奏者のライブを取材した。このライブハウスは、村上春樹が小説『ノルウェイの森』に登場させたことでよく知られている。以前から、筆者も何度かライブを聴きに来て、少し離れたところにあるバーの方でも飲食を楽しんだことがあった。ここのマスターは、日本のモダン・ジャズの世界では有名な人で、写真集とエッセイも出しており、今回は詳しく当時のエピソードをインタビューすることができた。






 さて、その翌日は国際クラリネット・フェストの取材だ。朝、新宿から京王線で多摩に向かう。沿線は、どこまでものっぺりと平野が広がり、たまに丘ぐらいの山があるかと思うと、山麓はほとんど家で埋まっている、そんな郊外の住宅地の中を進んでいく。
 駅について、延々と続く坂を上がって、ようやくパルテノン多摩にたどりついた。どうやら、今日が初日で、オープニングセレモニーでもあるらしく、会場の外に、特設ステージと椅子が並べられている。運営はボランティアとおぼしき人たちがやっているらしく、手際が悪い。
 ホールのロビーで予約済みのフェストの参加証を受け取り、駅のほうにもどっていく。ホールと駅の間がいろんなショッピングモールになっていて、カフェもある。コーヒーを飲んで一服した。店の中に、いかにもフェストの参加者という感じで、クラリネットのケースを置いた学生たちが、にぎやかにしゃべっている。
 コーヒーを飲んでいるうち、フェストが始まった。どうしてわかったかというと、店の前を、たくさんのクラリネット奏者が行進してきたからである。先導しているのが、どういうわけだかバグパイプだった。クラリネットとバグパイプはなにか関係があったかしら?
 これは、あとで東京コミカル・クラリネット・フィルハーモニーという団体がオープニングパレードをしていたのだとわかった。この団体は、音楽劇みたいな出し物もホールでやっていた。しかし、バグパイプとの関係はよくわからないままだった。
 さて、クラリネット・オーケストラのステージだが、全部で6団体がとっかえひっかえ登場した。曲目はほとんどがオーケストラのアレンジ曲で、たとえば『フィガロ』序曲、バッハのトッカータとフーガ、エルガーの弦楽セレナーデ、ヴェルディの『シチリア島』序曲、シャブリエのスペイン、ドビュッシーの海、など。まるで、金管抜きの吹奏楽を聴いているような印象だった。もっといえば、吹奏楽で、木管のセクション合奏を聴いているような感じだった。つまり、なんとなく音色として物足りないのだが、きれいにそろっていれば、和音もよく合って聴こえる、そういう少し奇妙な合奏だった。
 広いパルテノンの隅っこの席に座って聴いていると、合間に音大の顔見知りの学生が来て、録音を頼まれた。録音は禁止なのかもしれないが、まあいい。出演者自身に頼まれたのだし。突然スタッフみたいになって客席で演奏を録音しつつ、続きを鑑賞した。
 終わって、ロビーで録音機械を学生さんに返して、会場をあとにした。夕方の多摩はまだまだ暑い。西日の中を駅まで歩いて、京王に乗る。都内に帰り着いても、まだ宵の口だ。
 そういえば、このクラリネットフェスタの中に、ジャムセッションもあって、北村英治やバディ・デフランコが共演するという。これも聴きたかったのだが、そんなに長くは滞在できないので、見送った。クラリネットのジャズはときどきライブハウスで聴くが、なかなかレトロな気分になれて楽しいものだ。





2005年8月2日

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