土居豊の文芸批評アニメ・ラノベ編 《「涼宮ハルヒ」エンドレスエイトのアニメは8回も繰り返す必要なかったのでは?》(キョンたちが夏休みループを脱出するまで 無料公開)
土居豊の文芸批評 アニメ・ラノベ編
《「涼宮ハルヒ」エンドレスエイトのアニメは8回も繰り返す必要なかったのでは?》
1 「涼宮ハルヒ」エンドレスエイトのアニメ化への賛否
ゼロ年代を代表するアニメ・ラノベの『涼宮ハルヒ』シリーズ、その中でも、賛否両論なのが、京都アニメーションによるアニメ化の「エンドレスエイト」の8回繰り返しの試みだ。
実際に、いくら深夜アニメだといっても、同じエピソードをちょっとずつ細部を変えながら8回繰り返したことは、最初の放映時からネットで物議を醸した。今でも、あの試みを絶賛するファンと、全否定する人に大きく分かれる。
確かに、ゼロ年代深夜アニメ枠だったからやれた快挙だったかもしれない。しかし、一方で、視聴者を巻き込んで悪ふざけしたととられても仕方のない暴挙だったともいえる。
筆者自身は、リアルタイムであれを視聴していないが、いくらなんでもやり過ぎだったと考える。まして、あれがなければ「ハルヒ」アニメ3期がそのまま制作できていたかもしれない、ともなれば、その可能性を自ら潰したともいえるのは、あまりに残念で情けないことだ。
さて、それはともかく、8月、ちょうどエンドレスエイトの時期に合わせて、筆者なりの本作の批評を書いてみようと思い立った。
もちろん、本作の解釈について、決定版といえる以下のような論考もある。より詳しく考えたい人には、以下の本を読むことをおすすめする。
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※参考
『エンドレスエイトの驚愕 ハルヒ@人間原理を考える』三浦俊彦 著 春秋社
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393333600.html
谷川流の原作ラノベでは、もちろんエンドレスエイトのお話は1話分しかない。そもそも、エンドレス8とは、8月の繰り返しのことで、8回繰り返す意味ではない。
京アニ制作陣は、あえてエンドレス8回と解釈して、8回分、ループを描いたのだろうが、それは何も必然性のない回数だといえよう。
2 ハルヒはなぜ夏休みをループさせた?
筆者が考えた本作の勘所、それはループのきっかけだ。
京アニのアニメ版でカットされたエピソードと登場人物、それがエンドレスエイト・ループのきっかけなのだ。
まず一つ、アニメ版では、夏休み前半、キョンが田舎に行って親戚の子たちと遊んでいた話は出てこない。次に、ループを脱出してからキョン宅でSOS団が宿題をやってるところにキョンの母親が顔をだすのだが、アニメ版にはそれがない。
キョンの実家帰省と、キョンの母親の登場、この2つをカットしたために、アニメ版では、ハルヒが夏休みをループさせた理由がはっきり伝わらないのだ。
直接のきっかけは、もちろん、ハルヒがキョンと会えないことだ。夏休みに、キョンと全く会えなくなったハルヒの感情が堪えきれなくなったことで、超常的な力が発動した。
キョンは「孤島症候群」に描かれた合宿の後、親戚の家に行って留守だった。ハルヒはその間、よほど待ち遠しかったのだろう。キョンとSOS団と過ごす時間が全くないまま、夏休みが終わりに近づく、その苛立ちが、ハルヒにループを生み出させたのだ。
ハルヒがどれほどキョンに会いたかったか、それはエンドレスエイト回の最初の場面でハルヒがかける電話からも、痛々しいほど伝わってくる。
この電話呼び出しについて、いきなり相手の都合も聞かず呼び出すなんてとキョンは「非常識」と苦々しくいう。だが、その非常識な呼び出しこそが、そのままハルヒのキョンへの感情暴発を表している。
一般人なら、感情の暴発は非常識なだけで済むが、ハルヒの感情の暴発は宇宙規模で時間をループさせるほどのパワーがあった。
その後の展開は原作も、アニメの8回の繰り返しも似たようなものだ。しかし、アニメにはなくて原作にだけあるただ一つの要素、それはキョンの自宅でハルヒがキョンの母親と顔をあわせる場面だ。キョンの母親は、ハルヒたちがみんなで宿題をしているところに、いかにも母親らしくジュースなどを持ってくるだけなのだが、その際に間違いなく、キョン母とハルヒは顔合わせしているはずなのだ。
3 ハルヒの望みは普通の高校生同士のお付き合い
このエンドレスエイトの中でハルヒの望んだことが、原作にはきちんと描かれていると仮定するなら、ハルヒはキョンの家でキョンの母親と顔を合わせたかったことになる。
それまで、ハルヒとキョンの家族の接触は、妹ちゃんだけだった。エンドレスエイトのラストで、キョンの母親がSOS団の面々にジュースを持ってきたりしてうろうろ顔をのぞかせる、そういうシチュエーションが実現したということは、ハルヒはそれを心待ちにしていたといえる。
おそらくハルヒは、キョンと二人だけでキョンの部屋にいるというのを、まだ早すぎると思ったのだろう。友達の中の一人としてキョンの母親に顔を覚えられたい、と願っていたのかもしれない。こういう素朴で昭和な子ども同士の幼い付き合い、まだ恋愛未満の付き合い、それをハルヒは心から望んだのだと、筆者は考える。
そのことのヒントは、実はこのエンドレスエイト回の最初にはっきりと、ハルヒ自身が言っているのだ。「高一の夏」「今しかできないこと」と。
おそらくは、これから先、学年が進みキョンとの関係がもっと進んだり深まったり、逆に関係が失われたりすることを、ハルヒはもちろん想像できるはずだ。けれど今、この高一の夏休み、その時点でふさわしいキョンとの付き合い方、それを最善の形で実現させることを彼女は願ったのだ。
高一の夏休み、友達みんなで彼の家に集まり、そこで好きな彼の母親とも顔をあわせる。そういった純朴で幼い、青春の1ページというような夏の一時、それをハルヒは求めたということだ。
だから、そういう意味においても、アニメ版のループ8回の繰り返しは、原作におけるハルヒ自身の切ない思いを表していない。アニメ版でのハルヒのループは、解釈違い、見当はずれだ。本来のハルヒが望んだのは、アニメ版に描かれたような苦悩のレベルまでキョンを追い詰め、悩ませることではなかった。
なぜなら、ハルヒの考えをキョンが当たり前に想像するならば、ハルヒがもっと一緒の時間を過ごしたかったことも、高校1年生らしい普通の付き合いをしたいと願っていることも、わかったはずだからだ。
その意味で、ハルヒのループ発動の原因を突き止める最大のヒントは、古泉のいう「(ハルヒを)後ろから抱きしめてI love you」の提案を、キョンがあっさり却下したことだ。キョンには、ハルヒがそんな先走ったことを望んでいないと明確にわかっていた。
それなら、どの辺までの付き合いならいいのか?
家でみんなで何かやる、そこに親も顔を見せる、そういったいかにも昭和な、ごく当たり前の高校生らしい付き合い、それが答えだと、キョンには最初からわかっていたはずではないだろうか。
それならなぜ、ハルヒは1万回以上も、ループを続けたのか?
やっぱりそれは、簡単に答えを当てられたくないという、いかにもハルヒらしい乙女心ではなかろうか。
ちょっと焦らしすぎただけなのだ。
だから、アニメ版のような、宇宙の運命みたいな展開は、ハルヒの本意ではなかろう。もっと普通に、ありがちな高校生の夏休みを、もうちょっと続けたい、そういう心情だったのではなかろうか。
(この稿、終わり)
※土居豊の「涼宮ハルヒ」&京アニ作品論考
『こころの科学とエピステモロジー』Vol. 6,2024
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/epstemindsci/list/-char/ja
土居豊の論考へのリンク
【京アニ事件と『涼宮ハルヒ』 本当に小説・アニメが犯行の引き金なのか?:事件裁判の経過を通じてもう一度、小説・アニメ『涼宮ハルヒ』シリーズと京都アニメーション事件の関係を考える】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/epstemindsci/6/1/6_53/_pdf/-char/ja
『こころの科学とエピステモロジー』Vol. 5,2023
映像メディア時評「京アニ作品の死生観」論 2
【音楽アニメの死生観~『けいおん!』『響け!ユーフォニアム』の場合】
https://drive.google.com/file/d/1LiQMddCzsAct4Bk_WlSMwxgXbAAkWEDX/view
『こころの科学とエピステモロジー』2022年4巻1号
映像メディア時評「京アニ作品の死生観」論その1【ミステリーアニメの死生観〜『涼宮ハルヒ』とP.A.WORKSの『Another』、そして『氷菓』】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/epstemindsci/4/1/4_103/_pdf/-char/ja
『こころの科学とエピステモロジー』3号
『京アニ事件の深層―京アニ事件総論』
https://drive.google.com/file/d/1KAcE6n04c3W726AhAgcMRSUttvPKfVIl/view
『京アニ事件の深層―「京アニ作品の死生観」試論』
https://drive.google.com/file/d/1bz3WOIykQOJUwpssYShbbdp60Ug-jllz/view
映像メディア時評『人文死生学研究会番外編「涼宮ハルヒ」+付記:京都アニメーションお別れの会参列報告』
執筆者
土居豊(作家)
渡辺恒夫(東邦大学名誉教授/心理学・現象学)
三浦俊彦(東京大学文学部教授。専門は芸術学・分析哲学)
https://drive.google.com/file/d/1nLmDGHfDji2Si6u5kduqCCbbsv8OBXgq/view
※土居豊の「涼宮ハルヒ」関連著作
『ハルキとハルヒ 村上春樹と涼宮ハルヒを解読する』大学教育出版
http://www.amazon.co.jp/dp/4864291276/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1334231386&sr=1-1
『沿線文学の聖地巡礼 川端康成から涼宮ハルヒまで』関西学院大学出版会
http://www.kgup.jp/book/b146062.html
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/