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連載更新(2000年代物書き盛衰記・特別編)「バブル期高校教師盛衰記〜バブル真っ最中に超難関の教員採用合格した私だが?」 第1章「バブル真っ最中に超難関の教員採用合格した私だが、同期たちは今どこに?」 その2悪名高かった新任教職員の初任者研修〜意外と楽しかったよ
連載更新
(2000年代物書き盛衰記・特別編)
「バブル期高校教師盛衰記〜バブル真っ最中に超難関の教員採用合格した私だが?」
第1章「バブル真っ最中に超難関の教員採用合格した私だが、同期たちは今どこに?」
その2
悪名高かった新任教職員の初任者研修〜意外と楽しかったよ
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(1)初任者研修とは
80年代を通じて、臨教審は財界の言いなりの教師を作る陰謀だという噂で悪名高かった。その結果の一つといえるのが、なり物入りで始まった「初任者研修」略して「初任研」だった。全国で採用された新任の小・中・高校の教師を集めて、先輩教師たちの悪影響を受ける前に財界好みの言いなり教師に洗脳するプログラム、という受け取られ方だった。その極め付けが、新任の教師たちを夏休みに数週間、豪華な客船に缶詰にしてみっちり仕込む「洋上研修」だったのだ。
筆者は初任者研修の開始2年目に、1年間通して受けた世代にあたる。幸い(と言うべきか)洋上研修は希望制だったため、筆者は行かなかった。それでも、以前までの新任研修は半年で終わったのに、1年間みっちり研修を受けたので、おそらくはそれまでの教員よりもたくさん知識を詰め込まれたはずだ。
この当時の文部省・政府主導の初任者研修に対して、反対する日教組の言い分は、教師の仕事はあくまで現場で先輩教員(つまり組合員の教師たち)から教わるもの、というものだったようだ。だから、まるまる1年間も新任教師が現場から離され(頻度は月に数回、半日程度なのだが)、文部省・政府(すなわち財界主導)のプログラムを注入されては困る、というわけだ。
それでも筆者自身の体験では、新任で現場の右も左もわからない状態の中、毎月、同期の教師と顔を突き合わせていろんな知識や経験を実習できる機会は、なかなかありがたかった。少なくとも、夏休みに体験した日教組系の組合合宿よりは、ためになるものだった。
もっとも、個人的に思うのは、この時の大阪府の高校国語教員研修の担当が、母校・府立春日丘高校で国語を教わった先生だったのが幸いだったのかもしれないということだ。この先生は当時、大阪府教委で指導主事をしており、研修担当だった。この年、新任教員の我々は、科学教育センターという名称の、大阪市のあびこにある研修センターに毎月集まって初任者研修のプログラムを受けた。終わった後は決まって、筆者の恩師の指導主事が行きつけのスナックに、国語新任教員5人(前述したように、1人は毎回欠席だった)を引き連れて行ってくれた。そこでいろんな話をしたことが、何より良い思い出になっている。
(2)同期の教師たち
具体的には毎月どんな研修をやっていたか。
新年度が始まってすぐの頃は、毎月大阪市内のあびこにあった科学教育センターに集められ、座学での研修が続いた。この最初の時期に、筆者の恩師にあたる国語担当指導主事は、終了後にさっそく国語新任5人をスナックに連れて行ってくれた。
この5人は筆者以外は女性で、その点でもおそらく指導主事はご機嫌だったに違いない。筆者はこの先生に高校1年の時の古典を習ったのだが、この当時、高校教員の人事異動はめちゃくちゃで、なんとこの先生、筆者が1年の時に母校に赴任してきたのに翌年にはもうどこかへ転勤していったのだ。よほど母校が気に入らなかったのだろうか。それでもこの研修の時は、楽しく教えていただいた。
同期の4人の女性教師たち、それぞれに個性的でこの時期、筆者は同年代の同僚というのが極端に少なかったため、研修で彼女たちと顔を合わせるのが楽しみだった。
前段でも書いたが、もう一人、赴任校の都合で一回も初任者研修に来れない同期の人がいて、この人も女性だった。同期の国語で女性教諭ばかりだったのは、偶然なのかもしれない。それでも、筆者の最初の赴任校でも国語は女性教諭の割合が高かった。教科によるのだが、国語と英語は特に女性が多かった。逆に体育、社会、数学は男性率が高かった。この男女比の傾向は大阪府の場合だけなのか、それとも時代性なのか、統計を見ないとわからない。そもそも、そんな統計があるのかどうか?
ともあれ初任者研修では毎回、同期の女性教諭たちの中に混じって唯一の男性ではあるが、すぐに気のおけない関係になれたのは、さすが教員たちだといえる。国語に限らず同期の教師たちはみな、コミュニケーション能力が高い人ばかりだった。それもそのはず、大阪府の教員採用試験の二次試験では集団面接があり、教育上の課題について具体的に討論する方法だった。そこで初対面同士、すぐにコミュニケーションを取れないようでは、合格できないということなのだろう。
かくいう自分も二十代前半の頃には、かなりコミュ力があった。なにしろ大学4年間、学習塾の先生をして不特定多数の生徒を教えてきたし、その保護者たちとも懇談などをしてやりとりしてきた。大学では特にコミュニケーション力を高める授業などはなかったのだが、自力でコミュ力を習得していたのだ。
初任者研修では座学ばかりではなく、課題解決のグループ作業などもあったし、数ヶ月経つと研究授業も始まった。筆者も研究授業をやったが、この当時はまだまだ授業が下手で、同期の女性教諭たちにけちょんけちょんに批判された。それでも、すでにお互い仲良し同士だったので、ありがたく批判を受け入れて、授業を高めようと心がけていたものだ。
筆者たち国語の新任者は普通科の教諭ばかりだったが、当時の大阪府には普通科以外に職業系の高校も多数あり、また聾・盲学校や養護学校(現在は支援学校)もあった。そういった高校に見学に行く研修もあり、それまで全く接したことのない場所だったので非常に参考になった。研修のこういう点からも、筆者たちがのちのち、前段に書いたように「金の卵」として、各分野の高校の管理職になるべく期待されていた表れなのだろうと、今にして思う。
(3)新任教師の宿泊研修は楽しかった
そんな中でもっとも楽しんだのは、初任者研修と新任研修が合同で行う宿泊研修だった。この当時、大阪府教委の管轄する「青年の家」という宿泊施設が、大阪府の島本町にあった。そこで4泊5日、みっちりと合宿したのだ。宿泊行事は大学時代の延長のようで、年齢的にも二十代前半ばかりの教師たちは、昼間は真面目に研修したあと、夜はすっかり羽目を外して大いに騒いだり遊んだりしていた。年齢の近い者ばかりだというのが大きかったのだろう。その後に参加した日教組の合宿よりずっと、気分よく過ごすことができた。組合の合宿では年配の(といっても三十代だったはずだが)教師が、新任教員たちにお説教する感じになってしまって、まるで運動部の合宿みたいで雰囲気が楽しくなかったのだ。
筆者も、夏の宿泊研修では同期の4人の女性国語教員の中で、特に一人の人と仲良く話すようになった。この人は、研究授業をやらせても抜群にうまくて、人柄のいい教師だった。大阪南部の出身で、赴任先はこの当時かなり荒れていたはずのMK高校なのだが、研究授業ではクラスの生徒をしっかり掌握して、見事な授業ぶりだった。確か年齢は一つか二つ上だったのだが、筆者はこの女性教員にとても惹かれていた。
それでも、この当時、筆者には(どうでもいい話だが)付き合っている女性がいて、表立って好意を態度に表すのは憚られた。今にして思うと、残念なことをしたかもしれない。
国語の同期5人は不思議なほど仲良しになり、夏合宿の後も、研修の終わりには必ずみんなで食事していたし、秋の休日に予定を合わせて、わざわざ5人で六甲山牧場に遠足に行ったりした。二十代前半の若さと気軽さがなせる技、というところだった。
こういった気のおけない付き合いの中で、同期同士でなんでも話せる時間は、実に貴重だった。なぜならこの時代、筆者の赴任校に限らず、府立高校の教師の平均年齢はすでに高くて、同じ教科でもついに筆者より年少の教員は採用されなかった。一番年齢の近い人でも5つ以上年上で、同年代の同僚はほんの一握りだった。だから勤務校では常に自分が一番下っ端で、先輩教師たちの意見になかなか逆らえなかったし、使い走り扱いだった。そんな状態なので職場ではストレスが多かったが、毎月ある研修の時の夜の食事の際などに、それぞれの鬱憤晴らしができるのは、実にありがたかった。
そう考えると、もう一人の同期、ついに一度も顔を見なかった国語の女性教諭の人は、ただでさえ生徒が荒れていて困難校と呼ばれていたK高校で、一人だけ下っ端でさぞ苦労したことだろう。筆者自身、のちに転勤した先の勤務校がK高校と同じぐらい荒れた困難校だったので、新任教師があの雰囲気の中で仕事をこなすのがどれほどきついか、想像できるのだ。数年間現場経験を積んできた自分でさえ、荒れた困難校での授業や生徒指導は、毎日が戦争状態のようなものだったからだ。
(4)本当に金の卵だったか?
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/