七つの子 (9) : another world


 しめじさんのホラー小説、サイコサスペンス小説(ぼんやりRADIOさん談)。

 こわおもしろい。おそろしおもしろい。さああなたも、両手で顔を覆ったら、薬指と小指の隙間から、一気に読みましょう。こちらの最終話の、another storyに挑戦させていただきました。

 しめじさんのオリジナル最終話。


♦♦♦🚌♦♦♦裏穂音バージョン♦♦♦🚌♦♦♦

 
 「なんで、こんなことになったのだと思いますか」
 「車が赤かったから」
 私の問いに、あの男はそう、応えたのだ。

 中古車屋で隣にあった緑の車を選んでいたら、こんなことにはならなかったとおもう。
 でも、ぼくは、昔から赤が好きだったから、血のような真っ赤な色を見ていると、気持ちが落ち着くんだよね。だからやっぱり、緑の車は買わないな。

 何を言っているのだこいつは。

 それに、カーナビに住所が残ったままだったから。消してくれたらよかったのにとおもう。

 それから、あのお母さんが子供をぶったから。だめでしょっ。
 でも、お母さんも、お兄ちゃんも妹も、みんな助かったでしょっ? これでお母さんも反省して、これからは、ぶったりしないでくれるなーっ、よかったーっ、ておもったんだけど。
 それなのに、あのお父さんが家族のこと殺して、自殺しちゃったでしょ? ああー、お父さんのくせになんてことするんだって。

 面会室を出てから、私はトイレへ駆け込んで吐いた。


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 弟は電話口で泣いた。
 姉さん。僕はもうだめだ。風呂にいれてやるたびに、あの子たちの胸についた傷痕が、どんどん大きくなる。妻の胸にも、お揃いみたいに、同じものが。顔を見れば首筋についてるやつが目にはいって。妻を抱いてやれないし、笑いかけることもできない、もう、もう、どうしたら良いかわからないよ。

 弟の背中には色の違う部分があった。彼の母親がアイスピックで刺したやつ。でも、弟は、まっとうに生きて、お勤めして、あったかい家庭を築いて、おうちだって建てて。それなのに、あんたみたいなクズに。妻の、子の傷痕を毎日、毎日見ているうちに、一生懸命塞いできた自分の傷が、ぱっくり口を開けて、呑み込まれてしまった。
 赤の他人だけど本当の姉みたいに、弟みたいに。ずっと施設で、支え合って大きくなって、ここまできたのに。大切な大切な、たった一人の弟。それが、どうして、あんたみたいなクズに。

 それなのに、この男は、法律上、人殺しではないのだ。
 犯行当時、ぎりぎり未成年の殺人未遂。
 もしかしたらいつか、また外へ放たれるかもしれないのだ。



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 知らないおばさんが、ぼくに面会しにくるようになった。もし、ぼくの母親が生きていたら、きっとこんな感じ、っていう年頃。
 ぼくに会いにきてくれる人なんて誰もいないとおもってた。父親は、自殺しちゃったし。あの赤い車の元の持ち主だったお父さんといい、ぼくの父親といい、男はだめだ。やっぱりお母さんでないとね。
 なんで来るのかなとおもったけど。いつも帰るときに、いつかここから出られたら、困った時には訪ねていらっしゃいって言ってくれる。お医者さんだって。クリニックの名前を教えてくれた。
 えへへ、お母さんみたいだな。いつか、お母さん、って呼んでみたいなー。


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 こんな日が来るなんて。
 塀の外、青い空のもと、ぼくは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 やることもないし、他に会いに行く人もない。おばさんのクリニックへ、訪ねていった。どこが悪いのか、よくわからないけど、しばらく通いなさいって。迎えてくれるのはおばさんだけだ。だから、言われたとおりに、通った。

 「あれー、今日は看護師さんも受付の人もいないの?」
 「土曜日は、お休みなのよ。さあ、座って。新しい薬がね、あなたにピッタリだと思って、取っておいたのよ」
 「わー、ぼくのために」
 「そうよ、あなたは特別だからね」
 ぼくは、すっかり嬉しくなって、注射の腕を差し出した。

 あれ、眠い。ふわふわする。
 「なんらか、へんなきぶんなのらー」
 おばさんはこたえず、ぼくの手に錐を握らせる。
 「なにをするのれすかー」
 その錐で、おばさんは、自分で自分の二の腕を刺した。
 赤。流れる、赤。
 ぼくは、これを見たことがある。

まっかだなー まっかだなー つたーのはっぱがまっかだなー もみじのはっぱもまっかだなー 

 

 赤い手のおばさんが、こっちへやってくる。
 ぼくの胸から真っ赤な血が噴き上がる。
 お母さん? どうして、お母さん。 
 ぼくのこと、かわいい? ねえ、おかあさん。


かーらーすー なぜなくのー からすはやーまーにー かーわいーいーなーなぁつーのーこがあるかーらーよー かーわいー かーわいーとーかーらーすーはーなーくーのー 

 

 おかーさーん。


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 錐を急所に命中させるのは、素人には難しかろう。

 

 はい、あの男は私の患者でした。休診日なのに、クリニックに押しかけて来て。興奮が酷かったので、鎮静剤を打ちましたが、効き目が現れる前に、錐を取り出して私に襲いかかってきました。腕をやられて、もう夢中で揉み合ううちに、胸に刺さってしまって。
 コンナコトニ、ナッテ、タイヘン、ザンネンニ、オモイマス。



<了>






お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。