白の戦記 : 超新星覚醒
<約3000字の小説です>
落ちこぼれ戦士
水面に星が揺れる。額に星の痣。擦ったところで消えはせぬ。七助、そんな槍では皆が泣く。稽古しとけ。槍の名手、六助の言葉が胸の奥で疼く。先の戦で白の戦士7756号、七と六と五の3部隊を股にかけての大暴れ。7021号なら、七と二と一の部隊で活躍できる。だが七助は7777号、七の戦士の七の部隊にしか行けぬ。才も経験もないひよっ子の俺。六助さんは長い目で考えろ、って言うけど。
ため息をつき、七助は港へ向かう。おう、七助かいなあ。また来たなあ。ぶらぶらしていると、荷を降ろしながら端介が話しかけてきた。異国の話でもしようかなあ。異国の文字? そう、面白い形のアルファベットでなあ。しばし、夢中になった。
異国の余韻を残しながら道を行くと、二阿次が呼び止める。もし、七助さん。いやね、俺達掃除屋は、見つけものは戦士に報告する約束でね。岩がね。いやね、増えて片付づかんのね。七助が近づいてみると、戦士の勾玉が光る。岩に? 外敵しか感知しないはずの勾玉が、一体どういうことだ。七助は訝しみ、七の戦士達に件の岩を見せる。だが、どの勾玉も無反応だ。ふ、七助、細かいこと気にしすぎだな。それより、槍の稽古しとけな。
毎日、七助は岩を見に行く。毎日、勾玉は光る。俺、他の土地の様子、調べてきます。七助、馬鹿、鉄の掟は。六助も仲間達も譲らぬ。戦士は戦、掃除屋は掃除がつとめ。定めを外れることは許さぬ、鉄の掟は絶対だ。だが、七助はそれでも旅に出た。
喋る岩
国中を巡る水路を赤の運び屋が行き交う。まるで赤い川のようだ。えねる気いを運ぶ彼らに混じり、七助は進む。透明な修理屋が、底の綻びを自らの体で塞ぎ、身を賭して死んでいく。頭の中を鉄の掟がよぎる、俺はつとめを外れているのか。不意に勾玉が光り、思考は中断された。岩だ。近づいて槍で小突くと、うひ、と声がする。岩が? 周りの者達も寄ってくる。誰かが小突く、うひ。小突く、小突く、うひ、うひ。あはは面白いな。七助だけ笑わない。
日毎に岩、また岩。うひうひうひ。それがどうした七助さん。七助だけ憂う。岩が水路を塞ぎ、水が溢れる。国民食のらゐす工場も岩だらけ。港では端介がこぼす、おう、七助かいなあ。岩でなあ、仕事が捗らないのなあ。
七助は旅から戻り訴える。まあな、岩は増えたが、誰の勾玉も光らんな。つまり、俺達戦士の案件じゃないな。岩の片付け? 六助さんも散々言ったろ、鉄の掟に背くなとな。誰も七助を相手にせぬ。悔し紛れに、手近な岩を槍で思い切り突く、と、岩が低い声で喋るではないか。うひひひ、ガンゾウだよ。闇の世界で流行りの、亡国遊戯だよ。ガンゾウは複製するよ、増えるよ。驚いた戦士達が、そこらの岩を槍で突くが、びくともせぬ。そして揃って同じ話を喋る。
無為に時だけが過ぎる。この頃、らゐすも、えねる気いも手に入りにくいね、どうなるの? 勤勉な国民は、衰弱しつつあった。
神の名
手を振り回し乍ら掃除屋の二阿次が走る。大事だ! いやね、港も工場も止まって、らゐすがない。いやね、運び屋もやられて、えねる気いも来ない。戦士達が水路を見やると、運び屋はどす黒い赤に変わって沈んでいる。うひひひ、高笑いするガンゾウ。それでも、勾玉は光らず、戦闘態勢に入れぬ。苛立ちと諦めとが交錯する。
むにゅう、と時空が歪む。追い討ちなのか。歪みが光りはじめ、白く輝く何かが現れる。私は神イータ。七助、神の力を使えるのはそなただけ。この箱を開け国を救うのです。この俺が、神の力? 箱を前に黙りこむ七助。おい、時空の向こうの者を信じるのかな? 時空が歪むと大抵、沢山の運び屋が飲み込まれちまうよな。イータとやら、ガンゾウの一味かもな。喧騒の中イータは冷酷に告げる、箱の効きめは12時間です。開けろ、開けるな、一向にまとまらぬ。
と、向こうから必死の形相で駆けてくる者がある。0022号とな? 伝説の戦士二助さんからの伝言を申します、二助さんに力を授けた神の名はベータ。戦士達の騒めきが激しくなる。ベータとな! イータとは偽物、箱は罠だな! 七助の頬が紅潮する。思い出そうとする、どこかで聞いたその名を。そう、端介さんに聞いた異国のアルファベット、アルファ、ベータ、ガンマ、二助さんの神はベータ。七番目は! 俺の神はイータ! 宣した七助がむんずと箱を開けると、中には痣の星そっくりの鍵。一同は息を呑む。七助は迷わず、それを額に嵌めた。
皆の力
七助の星が放射する真白い光。それは神イータの輝きと同期し、七助の全身が光となる。彼は叫ぶ、出でよ、七の戦士! 駆け寄る七の戦士達、七助の光を浴びて彼らもまた光る。光は0071号から一の戦士、0072号から二の戦士と、瞬く間に連鎖。一面に光り輝く白の戦士達よ。勾玉も煌いている。彼らが岩を睨むと、蠢くガンゾウの姿が透ける。繰り出す槍、ガンゾウの悲鳴。砕け散る岩、響き渡る戦士達の雄叫び。一日も経たず、国中の岩が粉々になった。喜びに湧く戦士達の中、七助の表情は固い。彼の勾玉だけ、まだ光る。みんな、こいつら全部複製だ。ガンゾウはまだ生きている。
今や思いは一つ。七助、ついて行くからな! どこな、ガンゾウ。いたな! 港の隅で笑うガンゾウ。襲いかかろうとする戦士達の動きが緩慢になり、その場に倒れ始める。うひひひ、お遊びはそこまでだよ。毒を撒いたよ。顔を歪める戦士達を尻目に、ガンゾウは複製を再開する。うひひひ、私の勝ちだよ。体が言うことを聞かず、七助の光は弱る。だが声が聞こえる。神の力は、皆の力でもあるのです。七助は目を見開き、みんな、槍をくれ、と叫ぶ。戦士達は懸命に応えようとするが、痺れた体では投げられぬ。ぽとりぽとりと落ちる槍。うひひひ、もうおしまいだよ。
そこへ別の声がする。七助、どこだ! 六助さん、こっちに来てはだめだ、毒だ。七助は必死に槍を掲げる。六助さん、槍をくれ。名手六助の槍は、はるか後方から正確に七助の槍を捉える。七助の光が少し強くなり、二人の槍を包む。するとそこらに落ちた槍がぐんぐん吸い上げられていく。現れたのは眩しいばかりの真白な大槍だ! 七助は力の全てをかけて、ガンゾウにとどめを刺した。
繋ぐ記憶
破片を片付ける掃除屋。水路は明るい赤の運び屋で賑わう。修理屋は黙々と補修している。港は輸入に、工場はらゐす増産に大わらわ。七助はもう、ため息はつかない。今はただ二助のことを想う。岩に挟まれて傷ついた伝説の戦士は、眼に七助を映し、任せたぞ、とこときれた。間もなく、白の森で新しい二助が生まれるだろう。そいつが二助さんの記憶を継ぐ。俺の記憶は、新しい七助が継ぐ。しかし記憶は、広く繋げるべし、と七助は決意する。ガンゾウ、神の名、そして神が授けてくれた力。巻物にしたためて、白の森の番人に預けよう。生まれくる戦士達にも読ませたい。そうだ、巻物には、異国の文字も入れてみようか。きっと、端介さんは喜んで教えてくれることだろう。額の星がほほ笑み、ふわり、風を揺らした。
開く扉
顕微鏡を覗くエヌ氏の声が震える。教授、マウスの癌が消えました。全身の転移も、跡形すらありません。エヌ君、スーパー白血球だよ、癌の免疫療法の扉が開いた。この薬は、まさに神の贈り物だ。
<了>
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本稿は、著者が「イシス編集学校」で学んでいた頃の作品です。許可を得て転載しております。
アタマを雑巾のように絞りきって、もう一滴も出ないよ、というところから更に捻り出して。とにかく大変だったけど、すごく楽しいところでした。
イシス編集学校については、また、改めて。
こちらです。