仕分け
以前住んでいたアパートの目の前に信号機があった。横断歩道付きの、ボタン式のものだ。僕の住んでいた街は片田舎もいいところで、しかもこの住居はその中でも結構なはずれの方に建っている。危ないことに、街灯もろくに用意されていないものだから、寝る前に部屋の電気を全部落としてしまったりすると、ここ一辺の明かりという明かりは信号機の伝える赤と青、それと月明りのみに支配されることになった。
カーテンを閉め切っても、どこから滑り込むのかその原色の光はちらちらと部屋に映る。あんな夜中じゃ誰も通らないのに、律儀に何を仕分けているんだろうか。狭い部屋の全体がうっすらと色付いてそれもチカチカと切り替わるので、これがなかなか最初の方は鬱陶しかったが、越してきて数年もすれば慣れたもので、さして気にならなくなっていた。
ある夜、信号が真っ赤にしか光らなかった。それに気付いたのは何故だったか、詳細なきっかけは思い出せないが。ふと、部屋が青くならないことに違和感を覚えたのだった。なんとなく寝付けなかったのもあって、ゴムのサンダルを履いて外に出てみた。夜空はいつもの滑らかな色を失い、グロテスクでダークな雰囲気だった。
眼の前の横断歩道ではいかにもという閻魔が笏を持ち、僕のことを見つめている。しばらくして、口を開くと「天国行き」と呟いて、信号が青に切り替わった。そこには何も納得できる要素は無かったが……僕はなんとなく点と点が繋がったような心持ちで、天国へ向かうバスへと乗り込むのだった。