無題

 天国に向かうのがバスなのだとしたら、地獄に行くのはタクシーだろうというムードがある。

 己のこめかみに突きつけながら引いたトリガーの行方は空ぶったのだろうか?現に俺は今もタクシーに乗っているようだ。不審に思って大声を出そうとおもったが喉からはつっかえるようになにも響かない。だくだくと血は流れるのにまったく痛くないことに気付いた。そうか俺はもう死んだのだな。見知らぬ運転手の顔はバックミラー越しに画質を落としてモザイクのようになっている。暗いトンネルの道路照明はオレンジ色に、車内に舞う小さな埃をチカチカと照らす。聞いたことがあったかなかったか、微妙なラインの洋楽がラジオから流れている。あんなにやりたい放題やった生前でも、死後は頭の中が静かになり、強制的に詩的になるようだ。微妙な眠気を感じるたび、前席の男の咳払いが俺を責めて襟を正すように起こし続けているのだった。思えば惨い人生だった……とこの流れでこれまでを振り返ろうとするとチーン とアホらしい音が鳴り、通常なら料金を表示するであろう場所に「センチメンタル 禁止」とポップアップした。「貴方は生前人を殺したので、センチメンタルになることは禁止されています」では死後は何を?「ChatGPTになり、善良な市民のサンドバックとして機械的な返答を続けてください」マジかよ。


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