愛煙所以
煙草を喫する時間は、穏やかな心を得られる。だが、それは必ずしも烟碱(ニコチン)による化学反応ではない。煙草の吸い方によるところが大きいのだ。俗にクールスモーキングと呼ばれる、ゆっくりと、熱いスープを啜るような吸い方によって、煙草は本来の味と香りを露わにする。反面、苛立つ心で激しく喫すれば、香りも壊れ、味も崩れ、嗜好品からただ尼古丁(ニコチン)を摂取する薬品に堕する。喫煙はその味と香りを十全に楽しむために、心を落ち着ける必要があるが故に、心を整えるために用いることが出来るのである。
さて、概して煙草の美味さを形容すれば、甘さは巧克力(チョコレート)のようで、酸味は柑橘のようで、苦みは珈琲のようである。シガレット、手巻き、パイプ、キセル、葉巻など形式による差異や銘柄ごとの違いも大きいため、実に奥深い世界である。特に葉巻についていえば、その濃厚な味わいは、まるで温められて柔らかくなった黄油(バター)を丸かじりしているかのようである。
紙巻き煙草はシガレットと呼ばれ、他の煙草製品と異なり、ほとんどの場合、葉っぱや巻紙に燃焼剤が含まれている。いわゆるタバコ臭さの正体は、この燃焼剤が燃えた臭いだとされる。個人的には、初めて嗅いだ煙草の匂いが、少年期に周りの大人達が吸っているシガレットの匂いだったので、その正体が燃焼剤の匂いだったといても、懐かしさを感じて嫌いになれない。
個人的な話を続けると、筆者はアトピー患者なのだが、煙草を吸っている間は何となく痒みが落ち着いて、心を救われるのである。また、病的に自虐的で忙しない思考も、煙草を吸っている間は少し大人しくなる。
これらのことが私が煙草を愛する所以である。余談だが、中国語の勉強のためにカタカナ語を中国語で表記したのを付記しておく。
用語
○巧克力(qiǎokèlì)チョコレート。○烟碱(yānjiǎn)ニコチン。字を改めれば煙鹻[エンカン/エンケン]・煙堿[エンカン/エンコウ]となるが、いずれも『大漢和辞典』に見られない。○尼古丁(nígǔdīng)ニコチンの中国語表記。○黄油(huángyóu)バター。