FEEL EARTH MEMORY #4
雨はまだ止まない。
頭のてっぺんから水がしたたり、髪の毛が頬にへばりつく。そのイヤな感じをイヤなまま放置し、ぼくは「しめしめ」と内心ほくそ笑む。みじめったらしい姿になればなるほど、通りをゆく人々から奇異な目で見られれば見られるほど、店の奴らも歩み寄らざるを得ないだろうと考えていたからだ。
静かに雨に打たれながら物思いに耽る。
するとまた、まったく馬鹿げたこの仕事にまつわる、まったく救いようのない馬鹿な記憶が脳裏に浮かんでくる。
この仕事について振り返るとき、強烈なインパクトとともに浮かび上がってくる人間がいる。直系の先輩にして、デスク(編集長に次ぐポスト)であるIだ。「愛・憎」の割合でいうと4:6で「憎」が勝るが、ライターとしての「いろは」を教えてくれたのは、他でもないこの男だった。
Iはもともとハガキ職人で、深夜ラジオやファミ通の投稿コーナーでそこそこ名を馳せていたらしい。デスクの足元には、ファミ通のバックナンバーが約5年間分ストックされており、企画のアイデアに行き詰まると、神妙な顔をしてパラパラとめくっていた。
あるときのこと。担当する第2特集ページの構成について悩んでいると、Iがやってきて、次のようにアドバイスしてくれた。
「そういう趣旨のことがやりたいんやったら、おれのデスクの下から1999年00月号のファミ通を探してみぃ。その00ページの内容は、けっこう参考になるんちゃうかな」。
衝撃を受けた。どうせテキトーをほざいているだけだろうと思いつつ、言われるがままにすると、まさにヒントとなるような記事が現れたのだ。他にも似たようなケースが何度となくあり、その度に度肝を抜かれた。そう、Iはファミ通の「何年・何月号・何ページ」にどのような内容が載っているから完璧に把握していたのだ。すごい、を通り越して、キモい、の領域である。
それから、Iといえば忘れられないのが「マジック」だ。管理職であるデスクは、日中あまりやることがない。ぼくたち記者のように取材に出ることがないため、ヒマを持て余していたのだろう。ひょんなきっかけでマジックにハマり、梅田の東通り界隈にあるマジックショップに通うようになった。そして、なにかしらのマジックアイテムを買っては、忙しい最中にわざわざ呼びつけ、誇らしげに実演してくるのだった。
Iのレパートリーは増えていく一方だったが、鮮烈に覚えているのは「空中浮遊」だ。
「おい、見とけよ。マジでびっくりするから。これはスゴいぞ」。
そう言って、Iは両手を水平に広げ、勝ち誇った顔をする。なんのことかまったく分からない。「え? なにがスゴいんですか?」。正直にそう言うと、Iは軽蔑したようにこちらを一瞥し、「なんで分からんねん。そんなんやから、おまえはしょっちゅうモメごと起こすんじゃ! おれの足元よく見てみぃ、『1ミリ』浮いてるやろ!」。
時計はすでに0時を回っていた。ぼくは朝までに仕上げなければいけない原稿が数本あり、ほとほとに疲れていた。目の前には「1ミリ」浮く上司、デスクの上にはハダカの女の写真、刻々と迫り来る〆切。もうなにもかもどうでも良くなった。
その日、ぼくは明け方4時過ぎまで残業を余儀なくされた。Iはすでに1時くらいに帰っており、ふと見やると、そのデスクの上には食いかけの弁当が無造作に置かれていた。しばらくぼんやりとその光景を見ていたが、次の瞬間、ぼくはその弁当を手に取り、逆さまにしてIのノートパソコンに思いっきりダンクした。モニターが汁まみれになり、キーボードの隙間に飯粒が詰まった。なぜそんなことをしたのか、いまとなってはよく分からない。たぶん、明け方ならではのハイテンションの仕業だろう。
翌朝、当然のことながら、Iは烈火のごとくキレまくった。真っ先に疑いの目を向けられたぼくは、すずしい顔で「知らぬ存ぜぬ」を貫き通した。こっそり真相を打ち明けていた同僚たちもぼくに同調した。「いやー、知らんっすねぇ。Iさんがちゃんと弁当捨ててから帰らへんかったからアカンのんちゃいます?」。
Iの怒声は午前中いっぱい続いたが、最終的には、管理会社が派遣する掃除のおばちゃんが、モップの柄かなにかを知らず知らずぶつけてしまったのではないか、という結論に落ち着いた。久しぶりに味わう、すがすがしい気分だった。
思えば、Iだけでなく、ぼくも。あのころは「1ミリ浮いて」いた。常識から、倫理から、社会から、人生から。地に足を着けられず、ふわふわと彷徨っていた。
そして、ぼくは、未だにどうすれば着陸できるのか分からない。
・・・(つづく)