ソフトキャンディー
うちのベランダはまあまあ広いので、これをなんとかして面白く活用する手立てはないかと常々考えていたのだが、つい先ほど、コンビニのソフトキャンディーコーナーにしゃがみ込み、グレープフルーツ味とミックスジュース味の原材料表示を子細に見比べているとき、ひらめいた。
露天風呂をつくれはしないだろうか。浴槽となる入れ物さえあれば、そこに湯を張ればよい。焼いた石を適宜放り込めば、追い炊きのような機能を付加することも可能だろう。わたしはほくそ笑んだ、ソフトキャンディーは両方買った。ソフトキャンディーは子どもが食べるもので、歯茎が弱り、すきっ歯になりがちな齢の者が口にすると、歯と歯の間に詰まって不快な想いをすると考える向きもあるだろうが、これが意外なことにハイボールのアテとして合うのである。絶妙なのである。
さて、思いついたらすぐに行動するわたしは、コンビニを出たその足でホームセンターへ向かった。コンビニからホームセンターまではごくわずかな道のりで、信号をひとつ超えると到達する。露天風呂が完成したら、きっと心地よいことだろう、お盆を浮かべて月見酒とシャレこむのもオツなものよ。期待に胸をふくらませながら、片道2車線の国道で信号待ちをしていると、横断歩道の反対側に額縁のふちだけを掲げた男が立っていた。雪駄を履いて背筋をのばし、額縁ごしにまっすぐ正面をみつめていたが、まったく無表情で、その眼には何も映っていないように感じた。
あれは、敵にちがいない。わたしは半ば確信したが、いますぐ事を荒立てる必要もないだろうと、息を殺して青信号になった横断歩道を進み、男とすれ違った。その夜、わたしはベランダに収まりきらず無用の長物となった大きな金ダライを手に、居間に立ち尽くし、窓に映る風景をみつめていた。雲のガーゼのすきまから月の光が静かに零れ、淀んだ闇の輪郭をかすかにあらわしていた。露天風呂のプランは一旦ペンディングだ。まずは敵への備えを築かなければ。メイカーズマークのハイボールをすすると、ミックスジュースの風味がほのかに、しかしとても心地よく立ちのぼった。