見出し画像

ちっちゃい「っ」

いろいろ理由はあったけど、

結局は、ちっちゃい「っ」を見失ったのだと思う。

雨あがりの夕方、河川敷で湿ったにおいをギギッと吸い込み、

息を止めて肺の内側の襞にたっぷりと染み渡らせながら、

橋の下にたむろする男子中学生のせせら笑う声が聞こえ、

目を反らしたことがバレないように歩いていたあのとき、

ぼくはちっちゃい「っ」をなくしてしまったのかもしれない。

 

ああ、この空はどこまでも広がっていくのだろう。

ぼ、ぼ、ぼくは、シュ、シュ、シュークリームが、好き、好きなんだなあ。

山下清を気どりつつ、シネマティックな感慨に耽っているとき、

ふと金玉袋の右側が少し痛く感じて、ポケットの中からまさぐると、

ちっちゃい「っ」は、いたずらっぽく跳ねて草むらへ消えていった。

 

金玉袋の右側とは、言うまでもなく、

みなさんから見て左側の金玉袋のことだ。

そう、先ほどからみなさんが、なんらの躊躇もなく、

あつかましく凝視している我がシークレットゾーンのことだ。

 

ああ、いいぜ、とくとご覧じろ。

穴の空くまで。

夜が明けるまで。

 

ぼくはちっちゃい「っ」を取り戻す旅に出ようと思う。

もちろん、きみの分の切符もすでに買ってある。

だが、弁当はきみ持ちで頼むぜ。

ぼくは豚の生姜焼きDXでいいよ。あと、お茶もな。

切符の方がちょっとええ値段したしな。

 

それから、運ぶときナナメにならんよう注意してくれよ、

汁が零れてまうさかいな。

 

ああ、そして、きみは何弁当を食うのかい。

きみはいったい、何弁当を食うつもりなのかい。

 

もしも、旅路の果てに、

いつか、ちっちゃい「っ」を見つけられたら、

ぼくたちのキスはキッスに変わる。

 

ん?

ほら、キスにちっちゃい「っ」を加えたらキッスになるやんか。

あ、なんやそれって、いや、ええ?
そんなんぼくかて知らんて。

はあ? まじかよ。