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肘窩

肘の反対側の脇の部分に黒い出来物ができて、
これが大きくなっていって死ぬのだろう。
そう思った。
 
2、3日で消えた。

トリアーのアンチクライストを見た。
途中で寝た。

調べたところ、肘の反対側の部分は、(ちゅうか)と呼ぶらしい。
 
明くる日、駅に向かう階段の手前で、
こちらに向かって歩いてくる中年男性と
進行ルートがどうやらぴったり重なっていることに気づき、
このまま進むとぶつかりそうなので
少し左にズレると、
向こうさんもちょうど同じタイミングで同じようにズレて
再びぶつかりそうになったため
今度は進行方向に対してほぼ水平方向に右へと進み
そこから弧を描くようにして左、
すなわち元のルートの中心軸方向へ旋回すると
奇しくも中年男性も同様の動きを見せ、
そう、わたしたちは空に向かって、
ハートマークの軌道を描いた。
 
あの日からずっと、
UFOを呼んでいる。
サラミスティックを熱心にしがみ、
タカラcanチューハイをちびちびやりながら。
 
UFOを呼んでいる。
壁にくっついた吸盤を剥がそうとするも
なかなか剥がれず
爪を隙間にするどく突き入れながら。
 
UFOを呼んでいる。
歳をとるたび、なにかを失っていく、
得たのは、贅肉と後悔と諦めばかり、
その意味をはかりたくて。
 
UFOを呼んでいる。
遠い夏雲、
むせ返る蝉の声、
よろめく視界に立ちのぼる誰か、
あの日のことを忘れたくて。
 
UFOを呼んでいる。
雨粒に浮かぶ流線型の風景、
頭ん中で流れっぱなしの流行り歌、
あのとき改札を抜けなければ、
どうなっていたのかを知りたくて。
 
UFOを呼んでいる。
マス鮨のお弁当、
古本屋のネオン、
点字の剥がれかけた駅の階段、
デリケートゾーンのかゆみ、
もってきそこねたフェミニーナ。
けたたましい原付のマフラー音。
 
UFOを呼んでいる。
ドブ川沿いの草いきれ、
墓場の奥のすべり台、
月さえ見えない空、
コンビニの駐車場、
便所でくちゃくちゃの風俗情報誌、
こっそり書きためたメモ帳。