2021.3.14 マシーン日記感想
2021.3.14
ロームシアター京都にて『マシーン日記』を観てきました。
作品の概要はこちら
作 :松尾スズキ
演出:大根仁
出演:ミチオ :横山裕
アキトシ:大倉孝二
サチコ :森川葵
ケイコ :秋山菜津子
あらすじ:
小さな町工場・ツジヨシ兄弟電業を経営するアキトシ(大倉孝二)は、妻サチコ(森川葵)とともに自らの工場で働いていた。工場に隣接するプレハブ小屋に住む弟のミチオ(横山裕)は、壊れた機械を見ると直さずにはいられない電機修理工。ミチオは訳あってアキトシに監禁されており、小屋と右足を鎖でつながれていた。一方のサチコには、かつてミチオに強姦された過去があり、未だ不倫関係にあった。
そんな中、工場に新しいパート従業員としてサチコの中学時代の担任で体育教師であったケイコ(秋山菜津子)がやって来る。数学的思考でものごとを考え、極度の機械フェチでもあるケイコは、壊れた携帯電話を直してもらったことをきっかけにミチオと結ばれ、「あんたのマシーンになる」と服従を誓う。小さな町工場を舞台に、男女4人の情念渦巻く愛憎劇が始まる…。
初演は1996年、ザ・スズナリにて。
ケイコ役の「片桐はいりを主役にした芝居」というプロデュース会社からの依頼で松尾スズキが脚本を執筆。ミチオ役に有薗芳記、サチコ役に加藤直美、アキトシ役に加地竜也を抜擢し上演。
翌1997年にケイコ、ミチオ役は据え置き、アキトシ、サチコ役にそれぞれ久留蝶丸、丸山昌子を加え再演。
2001年には、ミチオ役に阿部サダヲ、アキトシ役に作者の松尾スズキ本人、サチコ役には宝生舞を迎え再々演。
2003年、同大根監督演出『演技者。』にてテレビドラマ化。ケイコ役は松田美由紀、ミチオ役に森田剛、アキトシ役に塚本晋也、サチコ役に山口紗弥加。
前舞台からおよそ12年後の2013年には、ケイコ役に峯村リエ、ミチオ役に少路勇介、アキトシ役にオクイ・シュージ、サチコ役に鈴木杏で再々々演。
そしてさらに8年経った今年に、上記メンバーで再々々々演されるという、片桐はいりをキッカケに始まり、彼女を中心に回りながらも、テセウスの船のようにキャストが変わり、その度にスクラップアンドビルドを繰り返された作品なのです。
それほど人を惹きつける要素があり、且つどの時代においても色褪せない・見逃せないテーマをはらんでいる作品ということですね。
私が始めて『マシーン日記』を知ったのは高校2年生の時。恥ずかしながら、当時全盛期でもあった無料動画サイトに(今思えばおそらく)違法アップロードされた2001年版を観たのでした。当たり前に画質がすこぶる悪く、ザラザラの映像だったのですが、それでもありがてぇありがてぇと、この肥後の国の遥か北にあるというトウキョウのシモ…?キタザワ…?というところでやられているらしい演目に、家賃3万1Kの木造アパートから時折思いを馳せたものでした。
それから10年と少しを経て、いよいよ高画質での『マシーン日記』。
高画質というか、生、直に網膜です。
今度は成年者として11,880円を支払い大手を振っての合法観賞。
開演時間から少し余裕を持って到着。
まず最初に感じたのが、(やはり)いつもより客層が若い。
今回の主演が関ジャニ∞の横山裕なだけあり、体感ではありますが10代~20代の女性が半数を占めていました。素晴らしい。フロアがキャピキャピと活気づいている。
「あと10分で推しを拝める」
そういったラメ入りの眼差しで会場が満たされていました。
主演が誰かというだけで、こうも客層が変わるものかと最初は落ち着きませんでしたが、それだけ新規の顧客がいるということはとても良いことだと思います。いろんな分野の客がひょんなことで混ざり合うことは健全であるなぁと思います。
また、好きな劇団やお笑いのメンバーが、順当にお年を召していき、彼らのおフザケや体を張ったギャグをなかなか100%真っ新な気持ちで笑うということが難しくなってきていたこの頃(「笑い」と「老い」については追々まとめたい)、こういった「脚本貸し」の形で松尾作品が受け継がれていくのも個人的には嬉しいなと思います。
さて、いよいよ開演。
だらだらとくだくだしい文章で書くのもアレですし、箇条書きにします。(とは書きましたが結局くだくだしくなりました)あくまで備忘録として書いているので、観ていない方にとってはなんのこっちゃかかもしれません。
【テーマ・エッセンス】
・前述したように、何度も再演を繰り返されたこの作品。いつの時代にも普遍的で、人々が何か語らずにはいられないエッセンスが含まれています。特に「格差社会」という要素は映画『パラサイト 半地下の家族』で大きく扱われたように、近年、より色濃くなっている社会問題の一つです。この作品の根っこにも「下層」の薄暗さ、どん詰まり感が漂っています。(兄のアキトシは自分達が「下層階級」であることを事あるごとに強調し、サチコとミチオを追い詰める。そこへ大卒のケイコがパートとしてやってくる話が出て、大卒を受け入れる「器」を整えるために、大卒にナメられないようにと、社長として満を持して工場に「有線」を引きます)
・この作品は特に「格差社会」にダイレクトに物申すぞ!という毛色ではないのですが、そこにある、たしかに存在しているヌメっとした地獄から始まる最悪のバタフライエフェクトをある一つの物語として見せることにより、結果的に観客にテーマを示す形式になっています。
・個人的にはこの「示す」というのが松尾スズキのスタイルのような気がしています。「鋭いメッセージ性!」「独自の視点で世の中を斬る!」などとメディアで謳われていることがありますが、あまりしっくりこないですね。別にあなたに認められなくてもそこにはこういう個人や家庭が「ある」し「いる」、そこにはあなたや私の意思や気持ちは(究極)関係ない、でも確実に「ある」し「い」ましたとさ、というスタンスかなと解釈しています。
・かと言って勿論シリアスに全振りするのではなく、日常のポップさやお茶目さも描きます。悩みを抱えている人間が24時間のべつまくなしにシリアスシリアスしてるだなんて、それこそ想像力の欠如ですからね。(もっとも、松尾作品は追い詰められた登場人物がポップに振る舞おう振る舞おうとするのが仇となり自らの首を絞める展開が多いのですが)
・作中には「鳥人間コンテスト」「欽ちゃんの仮装大賞」「ジャングル風呂(1960-70年代に流行した昭和を代表する入浴施設。熱帯を模している)」といった要素が出てきます。これは共有されるような感覚かどうかはわかりませんが、どれも"とんま"で面白い。色々トゥーマッチでバカバカしく、かと言って大声でバカバカしい!とは言いにくいシリアスさやプライドの高さ、時にはドラマを孕んでいるコンテンツ。人間のバグという気がする。そいういうものを見つけるのが松尾スズキはうまい。
【舞台装置・演出】
・囲み舞台(真ん中にステージがあり、その周りに客席が配置される)。
「家族」「町」「プレハブ」「足鎖」といった閉塞的なモチーフを軸に展開されているこの演目をオープンもオープンな形式で演出しようとしたのは思い切りがすごい。箱の中を想像させるのではなく、全て細かく描写し見せていくスタイル。
・近年松尾作品で演出効果としてよく使用されるプロジェクトマッピングが今回、客席にも侵攻してきていました。モダンタイムスのような工場内の歯車の映像が近くの壁に映し出される。そういえば演劇ホールというのも、照明が入り組んでいたり、ゴンドラが降りてきたり、スイッチがたくさんあったり、なんだか工場のようだなと思った。
【キャスト】
■秋山菜津子さん
・ウーバーイーツのバッグをからって颯爽と登場する秋山菜津子。相変わらず姿勢が良すぎるほど良い。真面目さとギャグの塩梅が絶妙。この人は真顔でおかしなことを言うからいいなぁ。
・圧倒的な安心感で、松尾スズキ作品を松尾スズキ作品たらしめる(言いすぎか?)とにかく担保してくれる存在。
・松尾スズキが脚本に盛り込んでいる「決めワード」を正確に拾い、的確に観客に聞こえるように語感を強めて発音しているなと感じた。
・この役が片桐はいりさんに向けて当て書きされたものであるため、難しかったろうに、流石である。
■森川葵さん
・ダークホース。
・2クラスに1人はいる、華奢で肩幅が狭く、猫背で、どうしようもなく間が悪く、なぜかいつも半笑いで謝りながらしゃべっているような、でもよく見ると顔そのものは悪くない(だからこそみんなの加虐性の的になっている)そんな女の人を表現するのが上手だなぁと思った。被虐になれた立ち居振る舞い。
・工場が休みの日曜日、「家族の戯れ」を実行せんと中学生の時のスクール水着を着てビニールプールに入っている、いや、アキトシから無理やり入らされているサチコ。ホースから溢れる水で水責めにあっているサチコ。「3-2 サメジマ」と書かれたゼッケンをぶら下げながら中学時代を回想するサチコ。文化祭で自分が参加しなかった劇「オズの魔法使い」をバカバカしいと振り返りながらも、後日、体育の授業中、プールで溺れてみんなが私を覗き込んでいる状況に「私、主役じゃん!」と思ったと吐露する。「私、私みたいなのでもやっぱりドロシーやりたかったんじゃん!やりたかったんじゃ~ん!」と開き直る。このくだりのグフグフした、グチュグチュした喋り方がとても愛おしく感じた。
・「朝から"オマーン"のコール&レスポンスは困ります」というセリフで一番笑った。言い方も変に狙ってなくて面白い。
・森川葵といえば『リバーズ・エッジ』の田島さんの役で知っていたが、その役も見事に演じていた。(原作にはないが)インタビューシーンにて山田くんとの馴れ初めを喜々としてつらつらと詳細に語り「幸せです。すごい幸せです」と言う田島さん。その最後に「生きていてよかったって思えることある?」と聞かれた時の「生きていてよかった…?(笑いながら首をかしげる)うーん…生きていて良かった?…うー…ん……」のリアルさ。え、何、急な無。ズドーン。田島さん…田島さん…田島さん…。(文字では伝わりにくいのでぜひ観てください)
■大倉孝二さん
・イメージ以上にタッパがあられる。その分顔が小さいのなんの。
・そのビジュアルから普通に格好よく見えてしまうため、アキトシの役にはどうだろう…?と感じた。普段テレビで3枚目人気バイプレーヤーとしての顔を見ているがゆえに変に安心感もあり、「何を仕出かすかわからない、底の読めない静かにイカれた双極性障害の兄」という役どころに序盤あまりハマらなかったなという感想。最後の躁に振り切ったあたり(ライオンの被り物をかぶって「家族で欽ちゃんの仮装大賞に出るぞー!」と意気込みだしたあたり)から、しっくりきていた。そう考えると松尾スズキが演じる兄のあの独特の不気味さは貴重である。
■横山裕さん
・39歳でありながら、少年っぽさが残るビジュアルはミチオ然としていた。
・最後、2回目のカーテンコールで一人で出てこられて、客席をぐるっと指さしながら歩いていらした。スター振る舞いに慣れていらっしゃる。流石。その時周りの女性達が急に総立ちになったのでちょっと怖かった。箱推しとしては、キャストに差をつける演出にBoo!と言いたくなったけど堪えた。私の本命(松尾スズキ)はカーテンコール出てこず。
あ〜あ、面白かった。
久しぶりに、これは1万払いますとも!
と心から思える回でした。
記念に登場人物4人の絵を描きました。
終盤、アキトシが躁のピークで自作のライオンの被り物を身につけ、ケイコが死体を解体するために鎧を着て、サチコがパーカーを脱ぎ青いワンピース一枚になり、ミチオがガソリンまみれになったプレハブ小屋からの脱出のために鎖を切ってもらおうとして誤って右足を切断される あ〜ら、いつのまにかドロシー御一行の完成〜! Somewhere over the rainbow〜♪のシーンです。
彼らはどこへ行けるんでしょうね。
以上、ざっくばらんな感想でした。
また色々まとめられたらまとめます。
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