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【一】一人の天使

女っ気のない男が倦怠感を帯びながら床を見ると、白い華が気だるげに咲いている。

死にそうな種子たちのうめき声が匂いとなり放っている。
まるで、すぐそこに埋まっていて悪臭きつい、重苦しい墓場の生臭い匂いだ。
男の倦怠感と籠った空気を栄養に、精を出して咲き誇っている。

男は病に侵されている。
聴こえ手くる心臓音は嗚咽と同様に、出来ることなら早く止めたいものだと思っている。
陰気くさい部屋で1人の天使が扉を開けてくれるのを待っている。
一人の天使によって、ひどく心を惑わされたい、そうすれば病が治るに違いない。
頭は働いているが、倦怠感で身体が動かず身動きが取れない状態で、生きているとは言いがたく、死んでいないだけの状態なのです。

白い華の中では、種子たちがよどみうごめき身をよじらせて死んでいく墓場でもある。
神への冒涜、それゆえの倦怠感である。

病を治さなければ、この先は暗い。
仕事をしに行くために扉を開けるその音は、地獄の門みたく、見た目は何ともないが、ひどく重たく蛇の道が続いている。
そんな足の竦んでしまうような道を、自ら好んでいるかの如く振る舞って進まなければならないのだから、まさに地獄である。
現代人はそれが美徳であるというのだから、地獄の中の悪魔だ。
いまに人であると思い出し、心身ともに壊れていくだろう。

そんなことを思いながら自転車を走らせていると、職場に着いた。
「地獄へようこそ」と言わんばかりに、見た目はひどいがやたら軽い扉になっていた。

地獄行き切符の半切れを渡し扉をくぐると、人に化けた悪魔の様なたちが同じ色をして話している。
「あいつはダメだ、トロすぎる」「あの子もダメ」
そんな、毒の効いた言葉を何の躊躇もなく吐き続け、本人たちは気持ちよくなっている光景は、地獄を彩っていた。
「あんなのになっちゃいけないよ」と言われた途端に目、鼻、口が一斉に歪むところを必死で抑え、私の意欲を蒸発させた。

この職場にただならぬ空気が流れているのを感じ取ることができ、ここが地獄である理由は、この見えない化けのも「空気」であることが容易に理解できた。
そして、この空気を作り出しているのは、目の前で毒を吐き続ける悪魔なのだと、思うほかない。

こんな所にいては自分も本物の悪魔になってしまうと危機感を覚え、せめて人であろうとしたが、悪魔たちの習性上、自分も悪魔でなければならないのだ。
ここの悪魔たちは陰口が大好きで、常日頃からいじめるネタがないかアンテナを張っているのである。


しかしここに、病を治してくれそうな天使が、悪魔に紛れて一人いる。
まだ救いはあると信じ、瀕死の兵士の精神で数ヶ月働いた。







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