5. 腫瘍の良悪性
これまでの話しから,異型があれば(全てではないにせよ)腫瘍性変化を考えることになる.
そうすると腫瘍の中でもめちゃくちゃ悪いやつとそうでもないやつを分けておかないと,都合が悪い.腫瘍だからと,何でもかんでも切ってしまうわけにはいかない(はい,だれそれさんの足に腫瘍が見つかりました!じゃあ,すぱっと足を切り落としましょうなんて言われたら,たまったものではない!).
そこで良性腫瘍,悪性腫瘍という考え方が登場する.
腫瘍の良悪性の分類について.まず良性腫瘍と悪性腫瘍とはどういったものなのかについて簡単に見ていこう.
・良性腫瘍 benign neoplasm:腫瘍による宿主(その疾患を持った患者のこと)の被害が局所的であり,宿主の生命に危険のないもの
・悪性腫瘍 malignant neoplasm:発育が遅く,全身に転移を起こし,各臓器に著しい機能障害をきたし,手術をしても再発するようなもの
良性腫瘍,悪性腫瘍の特徴
境界 発育 増殖 転移 再発 死亡
良性 明瞭 遅い 膨張性 なし 少ない 少ない
悪性 不明瞭 早い 浸潤性 あり 多い 多い
良悪性の違いについて,確かに大きな違いがあるように見えるし,良性と悪性では今後の方針が大きく変わるだろうというのは想像がつく.
よく臨床医が病理部に電話なり直接やってきたりして,「良性ですか!?悪性ですか!?どっちですか??」と聞いてくるが,簡単に切り分けられるものではなく,結構微妙なものも多い.
実際に,骨軟部腫瘍や卵巣腫瘍などでは境界悪性 intermediate malignancy, 中間悪性 borderline malignancy といったカテゴリーが存在しているし,なかなか判断が難しいこともあり,ある程度は曖昧なところを残しておいた方がよいと,どどたん先生は思っている.
例外や特殊な事例を除くと,異型度が「高度」で分化度が「低い」ほど悪性度が高いといえるし,90% くらいはこの基準で判断してもよい(学校の試験レベルではここだけ覚えておいてよい).
しかし,全てがこの基準に沿った診断結果になるわけではない.腫瘍の悪性度は異型の有無とその程度,腫瘍の分化度をそして浸潤の有無,その他には年齢,性別や病変の部位などを合わせ,総合的に判断している.この「総合的に」というところがポイントになっており,要するに全ての臓器を同じように扱うのではなく,個々の事情(臓器の種類や年齢,性別)を考えて診断しなさい,ということでそれが病理診断の習得を難しくしている一因となっている.
例えば,異型脂肪腫様腫瘍 atypical lipomatous tumor という疾患の場合,細胞学的に脂肪細胞は良性に見えることが多く,良性(=脂肪腫)であると診断したくなるし,実際問題として,異型脂肪腫様腫瘍という疾患概念を理解していない病理の先生は脂肪腫と診断してしまっている.しかし,異型脂肪腫様腫瘍というのは後腹膜に発生する疾患であり,手術の際に取り切ることが難しく再発しやすく,長い経過の中で脱分化脂肪肉腫というとても悪性の高い病変になることがあるとされている(もっと言うと MDM2 という遺伝子の増幅もあるけれども,そこら辺の細かいことは各論で).そのため,臨床的な観点を含めても生物学的には良性としがたく,(組織学的には良性にしか見えなくても)境界悪性の腫瘍と分類されている.
腫瘍の良悪性というのは生物学的な面だけでなく臨床的な予後,特に最近では遺伝子変異の有無も加味され,究極的には死に至るかどうかで決まることが多い.
例えば,白血病は先ほどの定義を厳密に当てはめると,腫瘍細胞が血管中に漂っており腫瘍は全身に「転移」していることになってしまい,全て例外なく予後不良になっている.しかし,白血病もとても多くのタイプがあり,当然予後の良いものも含まれ,全てが悪性というわけではない(ちなみに白血病は固形腫瘍とは違って,完治ではなく寛解という言い方をする).
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