メシア 【3】
頭が揺れた。脳が振動しているようだった。それを受けて、右手左手お腹そして足が反射的な動きをした。もちろん目をつむっていたので、目で見て確認していたわけではない。なにかしら夢を見ていたから。
目を開けると、のぞき込まれる。「はやく」と、年齢が二つ下のジョゼがもう一度僕の頭を靴で揺らす。優しく。また視界がブレた。体を起き上がらせても、瞼は重い。少し、粉っぽいものが空気中に漂っているせいか喉が乾燥している。あくび。ちょうど机の下スペースを使って寝ていたところだった。ここが意外と気持ちよく寝れる場所。しかし、起こされ方に影響は受けるが。
起き出してみると、かまどに小さな火をつけているところだった。カサカサとした音がして、次第にパチパチという音がかまどの前でかがみこんでいるずんぐりとした中年男、バートンという、の手元に見えた。
2時間ほど寝ていた。ちょうど日記を書いて眠るところだったが、ジョゼに呼ばれ、このパン製造屋に来た。かまどが突然崩れたようで、助けを求めてきたのが、ああ、たしか夕方だった。そこから一緒にかまどの補修をしていた。粘土を塗り、一時的な支えとなる石などを置いて、なんとか焼ける準備ができたのが、そう2時間前で、今は夜の3時ぐらい。仕方ない。いつもいたづらをするいわばムードメーカーのジョゼがあんな顔して来たものだからその程度は想像に難くない。このパン屋は毎日、ひと山超えた王国まで届ける義務を負っているので、その義務を全うできなければ地位に影響を容易に受ける。明日はない。ピンチは来るものだ。
井戸の近くに置かれた薪を両脇に抱え、バートンの右に置く。軽くお辞儀をする寡黙な男だ。まあ、このパン屋のこの時間、働いているものが発するピリピリとした緊張感を出している。それもそのはずで、少し遠目から、椅子に座って、こちらを睨みつけるように腕組みをしている男性、パン屋の親方が殺気立ってのオーラを出す。名前は忘れた。今はジョゼに聞くのもはばかられる。
かまどの火が穏やかになってから、3人で召使いになる。それは、親方に対してである。親方が両手で球の形をしたパンの生地をこねる。一心不乱である。親分自体、何秒でも、何分でも、何時間でも、自分から出る汗さえも拭かない。パンから両方の手を離すことはない。パンの生地をこね、伸ばし、伸ばした状態から、まとくるくるとまとめる。その作業を、流れるように、刹那が繰り返されるように、細かい作業・動作を親方が演じる。その動きが止まらないように、仕える、つまり奉仕をする。それが、この仕事。
パンをかまどに入れたあと、バートンと親方はテーブルに座り時間を過ごす。5時30分。近くの鶏が鳴き出すのを聞いて、朝の光が窓から指していることに今更気づく。「また、できたらパンを持っていくよ。ありがとう。」そう言ったジョゼは眠そうだ。彼は仮眠さえしていない。でも、数時間前の顔より、だいぶ穏やかだ。僕は昼まで寝よう。お昼ご飯はパンだな。牛乳が欲しいから帰りに買いに行こう。ちょっとずつ、静かな村の建物から、コトコトと音が聴こえだす。音楽ではない、複雑な音だけれど、朝のはじまりが鳴っているなあと、帰り道で思う。朝のにおいがした。
【3部 了】
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