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光は常に正しく在り その⑨:煌夜祭

昔、とても好きなひとがいた。

ぼくより少し歳上で、喘息持ちで、冬とバラの花が好きで、ニンジンが嫌いで、イカした音楽の趣味をしていて、ママが信じている神様のせいでクリスマスを知らなくて、三日月みたいな目の笑顔が素敵な女の子だった。

そして、酷い男性恐怖症だった。

ある日、車に乗った男に道を聞かれて、応えようとしたら連れ込まれて攫われたんだって。途中でドアを開けて、なんとか逃げたらしいけど、打ち明けてくれたその話を聞いた時は、性別が男性のぼくからしてもあまりに生々しすぎた言葉たちに、恐ろしいほどの涙と恐怖と吐き気が込み上げてきた。

それからは、今でも女性に対して、冗談でもそんなことを感じさせるような話をしたり、傷つけるようなことを言うのが怖い。誰かがそういうことを悪気なさそうに言ってるのを聞くのでさえ、実は結構な恐怖を感じるんだ。話を聞いただけのぼくがこれなんだから、本人にとってはとてつもない傷になったのだろう。ぼくの想像なんて、まるでおよばないくらい。

「そいつを探し出して、地の果てまで追い詰めて、ぶっ殺してやる」って、当時、本気で思っていた。

「何も悪くない彼女がどうして傷つかなくてはいけなかったのだろう」って、今でも本気で思っている。

この唄は、そんな彼女への想いを込めて、その話を聞いた時に作った唄なんだ。この曲で歌った約束は、まだ何一つ叶えてられていないけれど。まぁ、もう少し先の未来で待っていてよ。

「煌夜祭(こうやさい)」っていうタイトルは、同名の小説から拝借したんだ。冬至の日に、仮面を被った語り部たちが集まり、物語を互い互いに披露していくお祭りが煌夜祭。語り部たちは「人間を食べてしまう魔物」についての物語を語り合うっていうお話。

ぼくはどうにかして、彼女の心に寄り添いたかった。物理的に触れ合うことなんてしなくて良いから、ただ、ただ、心だけはそばにいたかった。彼女が悪魔だろうと、何者であろうと、一緒にいたかった。せめて、この先の未来だけは彼女に幸せが降り注ぐように、そんな日々が送れるように、笑顔にしたいと思っていた。そして、ぼくには、それができると思っていた。でも、それはただの思い上がりだったんだよね。

「私と一緒にいても、きみの未来を縛りつけちゃうだけだから」
「きみは次の子を探して、ふつーの女の子と幸せになってね」

彼女はそんな漫画みたいなセリフを残して去っていったけど、それはただの優しい嘘だって解っている。

いつからか、ぼくが彼女を好きになればなるほど、彼女の心が離れていくのがわかってしまった。何もなくても、他愛もない話を一緒にできるだけでうれしかったんだけど。ぼくの感情はきっと、背景が見えないから、見返りも求めずそばにいようとする気持ちそのものが、怖がらせて、気持ち悪がらせてしまったんだと思う。

一方的な優しさは決して美徳じゃない。受け止めさせられる側に対する重い重い重圧となり、押し潰してしまう。まるで「対等ではない」と見下すように。心のバリアに無理やり侵入するように。それは、彼女を傷つけたどこかのクソ野郎と、大差の無い行いだったのかもしれない。その時のぼくには、それがわからなかったんだ。

まぁ、つまりは、ぼくが彼女に信頼してもらえるだけの力を持っていなかった、それだけのこと。そして、ぼくがぼくである以上、絶対に信じてもらえることはなかったんだろう、ってことも理解している。もしも、ぼくが女の子だったら、今でも一緒にいられたのかな?

誰かと心を通わせることの美しさは彼女が教えてくれた。それほど長い時間ではなかったけれど、一緒に過ごした瞬間はぼくにとって、間違いなく幸福な日々だった。

でも、それ以上に、「好きでいるということ」「愛情を伝えること」それ自体が誰かを酷く傷つけてしまうという事実と恐怖を、彼女から教わった。

あなたは、それまでぼくが持ち得なかった、たくさんの新しい考え方と感情とほんの少しの偉大な哀しみをくれたね。それもいつか、あなたのことと同じように、少しずつ薄れて、忘れていってしまうのだろうけれど。

あなたが残したこの大きすぎるさみしさは、未来永劫消えることのない楔だって思っていたのに。永遠の終わりまで消えることのない切なさだと思っていたのに。それも、少しずつ匂いが薄くなって、砂地に染み込む水みたいに滲んでいく。でも、「忘れられないな」って思えたこと自体がうれしいんだ。

あなたがいなくなった後、こんな唄を作ったんだよ。こっちのタイトルはキリスト教の預言者ミカから取ってある。

仮にいまのぼくが、あなたと「はじめまして」をしたとすれば、どうなってしまうだろう。おそらくきっと、ぼくはあの時と同じことを選ぶと思う。もう見れない、あの三日月の目で、今日もどこかで笑っていることを祈っているよ。

忘れたくないことを音楽にすれば、少しでも長く覚えていられるかな、って思っている。それは決して彼女のことだけじゃなく、これまでとこれからの様々な出会いに対して、そう願っているんだ。いま一緒にいてくれるきみたちの未来を、どうかぼくにも、この先もそばで見させてほしい。きみたちの生活のほんの一部で構わないから。いつか、その全部を忘れちゃうだろうけれど、「忘れたくない」って思えることを一緒に増やしていこうね。

過去の記憶は呪詛。でも、前に進む力もくれるはずだから。

音楽は思い出を再生する装置。リズムという名のピッケルが発掘した星屑に耳を当ててみる。ときめきも哀しみも、みずみずしい鮮度のまま閉じ込められたメロディーが聞こえる。そんな魔法のようなメロディーを、ぼくはこれからも探していくよ。

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