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光は常に正しく在り その⑤:ほんとのほんと

誰かの1番になりたかった。
有名になんてなれなくていいから、誰かの1番に。
ただ、誰かに1番愛されていたかった。

思えば、ぼくはずっとそうだった。

幼少期からひとの顔色を伺うクセがあった。今のぼくを知ってるひとは驚くかもしれないけれど、中学生まではとても大人しく、人見知りで、大人の言うことを聞いて、ガリ勉で.....いわゆる典型的な優等生だった。

自分が思っていることを伝えるのは、とても怖いことだったし、誰も自分のことを理解してくれないって、この頃からずっと思っていた。家庭環境的に、親にはいちばん自分のことを話したくなかったから、誰にも自分の気持ちは話さないでいた。周りに合わすのは得意だったから、いつも誰かと一緒にはいたけれど、誰と一緒にいても、ぼくはずっと孤独だった。

そんな時に、ぼくを救ってくれたのは音楽だった。どんな厚い心の壁も超えて、ふっと寄り添ってくれたあのメロディーは、きっと魔法だった。幼少期のぼくにとって、唯一の光だった。

「地下室で死んだふりしようよ、外は怖いことだらけ」
「誰もいなくてひとりなら、こんな歌をうたうおれの生きる意味、ひとつもない」
「きみに存在価値はあるか、そしてその根拠とは何だ」
「きみの言葉は嘘で、はじめから嘘で」

こんな言葉を乗せた美しいメロディーたちは、まるで彗星のようにぼくの胸にスッと星屑をこぼしてくれた。「こんなに本当のことを言ってくれるひとが、同じようなことを考えているひとたちがいるんだ」と。そう思うと涙が出るくらいうれしくて、安心できた。

いつしか、ぼくもそうなりたいと。同じように孤独を抱えているひとたちがいるのなら、そのひとたちに寄り添えるような音楽が作りたいと。そう思うようになった。

でも、本当は「そうすれば誰かにぼくを見てもらえるかもしれない。誰かに愛してもらえるかも、好きだと思ってもらえるかもしれない」そう考えていた。

ぼくのことを「まっすぐなひと」とか「やさしいひと」「気遣いができるひと」って言ってくれるひとがたくさんいて、とても嬉しいのだけど、本当のぼくはひどくねじくれている。

顔色を伺うスキルだけで生き延びてきたぼくは、相手の様子を見ると、何を考えているか大体察することができるようになった。

目線で、表情で、仕草で、振る舞いで、使う言葉や声色で、そしてそれらの変化で。相手の気持ちに気づいてしまう。それがわかれば、相手に対して何を言えば良いのか、相手が何を求めているのかもわかる。それがわかれば、自分の引き出しの中から、1番それに合ったものを差し出すことができる。果たしてそれが、自分が本当に思っていることは違うものだとしても。

だからぼくは、自分のことをとっても嘘つきだと思っている。気に入られるために、好かれるために、嫌われないために、着飾った言葉と思考で寄り添う。でも、あなたが笑ってくれるならそれで良い。あなたが安心できるならそれで良い。本当の自分なんてどこにもなくて良い。だから、ぼくを好きでいてほしい。

でも、ぼくの好きなミュージシャンや芸術家たちはそんなことはしていなかった。自分自身をビビッドに表現に変えてそれを叩きつける。そのスタイルに、生き方に、心底憧れた。

次第に「やさしい」って言われると違和感を感じるようになった。嘘でやっているのに、ポーズでやっているのに、そう思わせてしまうことがつらくなったのもあるし、そういう振る舞いをしている自分が、憧れのミュージシャンや芸術家たちと違っていて、嫌になったから。だから、誰かに「やさしく」したあとは、必ずおちゃらけたり、誤魔化したりして、その成分が薄まるように、ひねくれたリアクションをするようになった。

自分で音楽を作り出すと、その思考はより苛烈になっていった。孤独なひとに寄り添うためには、自分も孤独でなくちゃいけない。本当のことを歌うためには、触れるものすべてが音楽に繋がってなくてはいけない。そう信じていた。革新的で、これまでどこにもない。そういう作品以外は許されないと、自分にルールを、約束を課していた。

聴く音楽はもちろん、映画も本も漫画も美術も、あらゆる創作物は自分の表現の薪にしないといけないと捉えていたし、普段歩く道や誰かとの会話、好きなひとの笑顔ですら、「歌になるかどうか」を考えていた。

そうなると、すべてが自分の表現につながるかどうかで推し量るようになってしまった。楽しくおしゃべりしているときや、ダラダラ適当な動画を見たりしているとき、もうひとりの自分がささやく。「お前にそんなことをしている暇があるのか?お前より何億倍も才能があるやつらは、いまこの瞬間にも新しい音楽を作っているぞ」

そうなると、そういったささやかな時間が、逆にぼくをどんどん追い詰めるようになった。そんな時間は無駄で、つまらなくて、自分にとって意味がないものだ。そう思わないと、創作に向き合えなくなってしまっていた。

前回、深夜にダムに行って曲を作った日記を書いたのだけど、その時に決めたことがある。ぼくは、今作っているアルバムが完成したら、自分の音楽を作ることはやめることにした。

理由は2つ。ひとつは、曲を作るきっかけがどんどん過激になってしまっていること。ここまで書いたような考え方をいっそう苛烈に進めてしまうと、多分次は、誰かが死ぬか、自分が死にかけるかしないと新しい曲が作れない。もう、これ以上の曲は今のままでは書けない。そう感じたから。

ふたつめは、こんなこと、誰かを傷つけてまでやることではないと、理解してしまったこと。もし、ぼくがそれなりに売れたりしているならば、こんな音楽を作ることで、救われるひともいるかもしれないけど、現実はそうではない。自分を追い詰めて、周りのひとを傷つけて、誰も聞かない音楽を作る。それがとっても無意味なことだと、ずっとわかっていたけれど、とうとう心で理解してしまった。

これまで書いた日記も、すべては自分の音楽のため。「どう見られるか」を意識して書いてきた。表現者としての「見られたい自分」を見せるために、思っていることを百倍くらい大きくして書いていた。ぼくはずっと、「こう見られたい」っていうことばっかり考えてきたんだ。それもすべて、ただ好きになってもらいたかったから。すごいひとだと思われたかったから。

だから、ぼくはもう自分の音楽を作ることはやめる。きっと、自分が壊れていくだけなら、このままのやり方で続けていたのだろうけど、周りのひとたちを巻き込んで、傷つけていることに耐えられなくなってしまった。

いまのぼくはとても元気だ。アルバムに入れる曲はすべて出てきたから。もう曲を作らなくて良い。そう思うと、すこぶる落ち着いた気持ちになっている。

だから、アルバムはきっと、ぼくの中のイノセンスをビビッドに打ちつけた唯一の作品になると思う。芸術には無邪気さが必須で、そのために絶対大人にならないと決めていたから。この先、ぼくはどんどん大人になってしまうだろう。そうなると、もうこれまでみたいな曲は書けない。だから、星屑のようなメロディーをちゃんとそこに置いてくるよ。

不思議なのは、「やめる」と決めてからも、ぼくの中からまだ音楽ができてくること。「こうじゃなくちゃいけない」というルールを、約束を破ったら、新しい音楽が生まれてくる。それは革新的では全然ないし、自分と向き合ったものじゃないかもしれないけれど、少なくとも音楽はまだ止まない。

ぼくの上司は元プロミュージシャンなんだけど、そのひとになぜ辞めたのかを聞いてみたら「どれだけがんばっても、上には上がいるから諦めた。でも、諦めた時、自分ができることがよくわかった。やりたいことじゃなくて、できること。それを求めてくれるひとが笑顔になってくれるような音楽を、自分のできる範囲でやれば良いなって思ったんだ」そう言っていた。

聞いた当時は「ぼくとは違う道を進んでいるひとなんだな」と思ったけど、いまならその考えがすごく理解できる。ぼくもアルバムが完成したら、誰かが喜んでくれるような、必要とされるような音楽を作っていきたい。

いろんなものを捨てた後に、最後に残ったものは本当に大切なものなんだと思う。ここまできても、やっぱりぼくはみんなに笑ってほしいし、みんなが笑ってくれるなら、喜んで嘘つきになるよ。って思える。もともと、「芸術家」の考え方とは、真逆の人間だったんだね。すっごく無理していたと思う。だから、いまはとても爽やかな気持ちでいるよ。

その中で、誰かの1番になれたら、誰かに愛してもらえたら、それはとても嬉しいこと。「愛されるために笑ってもらう」っていうふうに、手段と目的が入れ替わってしまっていたから。みんなの世界がハッピーであることを、心の底から祈っているよ。

アルバムができるまで、あともうちょっと、自分と徹底的に向き合わなくちゃいけない。みんなに好きになってもらえるようにがんばるけど、ぼくだけが好きな作品になっても良いって、いまは思えているんだ。

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