シックスセンス
誰もいない深夜の駐輪場で自転車は眠る。サイクルラックにその身を預け、朝の訪れを待っている。とても静かだ。無機物の森に迷い込んだ自分を夢想する。ここには生ける者の気配がない。突然マコーレー・カルキン君が現れて「あなた実は死んでいるんですよ」と告げたとしても疑わないだろう。とにかく現実感が希薄で、それは周囲と僕自身の両方に言えることだった。
「我々は血を吸わないヴァンパイアだ」
いつだったか、ヒガキ君が言い放った言葉だ。大学をドロップアウトしたり、会社をクビになったり、恋人の部屋から追い出されたりして人生に躓いた人間は、後ろ暗さから周囲と距離を置き、知人に会わないように昼を避け始める。そのうち夜行性となり、最終的には日を浴びて灰と化すのだ、と彼は語った。酒席でのくだらないバカ話だったのだが、いつの間にか僕もずるずる夜に引き込まれ、闇の眷族に仲間入りしていた。
午前二時。ケチャップまみれのオムライスを食べ終えると、コンビニで雑誌の荷解きが始まるのを見計らい家を出た。街灯から街灯へスゴロクのように進んだり、暇に飽かせて遠回りをしているうちになんとなくスロープを下りて駐輪場に行き着いた。
この瞬間、駐輪場は世界から切り離されている。僕は神秘的な静寂に酔っていた。ここは世界滅亡後の遺跡か、はたまた聖者の棺だろうか。そんな虚妄に取り憑かれて、少女の存在に気付けなかった。だから声をかけられて小さく叫んでしまった。
「あの、それ……」少女は少女で引きつった顔をしている。どうやら僕が邪魔らしい。場所を空けると慌てて自転車を取り出した。
「お嬢さん、こんな時間にどこへ行くんだい?」もちろん無視。本物の吸血鬼ならば女性をかどわかすのもお手の物だろうに。
少女を見送ると静寂が戻った。だけれど先ほどまでの神秘性は雲散していた。わきあがる現実。この場所はもはや特別ではない。世界から見放されているだけなのだ。そう思い至ると途端に息が苦しくなった。僕はベルを鳴らして回る。チリンチリン、チリンチリン。お前たち目を覚ませ。
日が昇る前に部屋へ帰りPCを立ち上げる。「あなた死んでいるんですよ」はハーレイ・ジョエル・オスメント君だった。
この掌編は個人誌「esoragoto vol.0」に掲載したものです。(若干、加筆修正しました)
夏の間に次号を発刊できたらいいなぁ、と思っています。思っているだけですが。
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