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まちがいなくまちがい

 夏だし、暑いし、ムダ毛を処理しようと思って、話題のブラジリアンワックスとかいう脱毛剤を試しに両乳首に塗ったら(胸毛がコンプレックスなので)剥がれなくなって、風呂場で泣きながら1時間半かけてちょっとずつ取り除いた、という話を同級生の超絶美人、雪見福子(ゆきみふくこ)にしたら、ものすごく冷たい目で「馬鹿じゃないの」と蔑まれてしまった。グッバイ・マイ・ラブ。バカなまねをしたな、と思う。けれど、僕のように器量も、運動神経も、身長も、学力も、財力もない、そんな持たざる者は道化になっておどけてみせるしかないのだ。そう教えてくれた三年の森永先輩は、半年後に中退したあとネットワークビジネスにハマって(僕のところにも一度誘いが来たが無視した)、あれよあれよと億万長者になり、浮き世を謳歌したのち、秒速で破産した。森永先輩の教え自体は正しかったのだと思う。ただ道化にも一流と三流がいるってことを知らなかった。実際僕は玉乗りもできない。

 当時の僕は馬鹿だったので、この恋は終わった、とか嘆きつつも、その後4回も雪見福子に告白してその都度玉砕した。仕舞いには何故かバスケ部のキャプテンがしゃしゃり出てきてボッコボコに殴られた。今度こそグッバイ・マイ・ラブ。擦り傷切り傷打ち身捻挫。心の痛みを体の痛みが癒やしてくれるとは思わなかった。
 ちなみにこの年バスケ部はインターハイでベスト4まで勝ち上がったのだけど、いつの間にか雪見福子がマネージャーになっていて驚いた。チームが敗れて全校生徒が偉大なる総書記の葬式みたいに涙に暮れるなか、僕だけが違う理由で泣いていた。

 季節は巡ってまた夏。二年生になった僕は学習能力が芽生えたのか雪見福子のことはキレイさっぱり忘れていた。小荒真知(こあらまち)と出会ったのはこの頃だ。校舎の裏で一人こっそりパンジーを育てていた、みたいなエピソードはなくて、単に席が隣になったという間柄。顔は十人並みだったけれど、愛嬌が良くてトータル的にはなんとなく可愛かもって感じ。小荒真知とは消しゴムを拾ったり拾われたりしているうちに仲良しになり、下校時刻が重なれば一緒に帰ったりした。弁当のおかずを交換したり、休日にたまたま本屋で鉢合わせて、その後ぶらぶら買い物をしたりもした。何でもないような事が幸せだったと思うって歌詞の、何でもないような事って、こういうことなのかもしれない。今思えば。

 だけれど当時の僕は馬鹿だったので、新しい恋に目覚めた、と熱を上げていたくせにたまたま夏祭りで見た浴衣姿の雪見福子に一目惚れ(?)して、その場で告白。酔っ払って思考が鈍っていた雪見福子の「考えとく」に気をよくした僕は、彼女が素面の時に半ば彼氏気取りで再度告白して玉砕した。その後二度告白した翌日、バトミントン部の部長と副部長に呼び出されて殴る蹴る、ラケットではたかれるなどの暴行を受けた。よくよく考えると酷い学校だ。その件プラス一年生からのあれこれを知ってしまった小荒真知は二度と会話をしてくれなかった。
 ちなみにこの年バトミントン部は35年ぶりのインターハイ出場を果たしたのだが、いつの間にか雪見福子がマネージャーになっていて度肝を抜かれた。部長と副部長のダブルスは一回戦で負けてざまあみろ、と思ったけれど、二人と雪見福子の関係が猛烈に気になりしばらく眠れなくなった。

 季節は巡り巡ってまた夏。三年生になった僕は受験勉強で恋愛どころじゃなかった。雪見福子と小荒真知の顔は北条政子と樋口一葉に置き換えられた。ロックもポップもAKBもヒップホップも止めてスピードラーニングしか聴かなくなったから、耳元で愛や恋を囁いて邪魔する奴はいなくなった。だけれど、当時の僕は馬鹿だったので、ピクリとも成績は上がらず、推薦合格者が浮かれ出す頃にはすっかり心が荒んでいた。ガッデム! このままでは、恋においても、勉学においても1ピコグラムも成果を出せず卒業してしまうぜファック!

 というわけで、最後にもう一度だけ雪見福子に告白を試みようとしたのだが、どこにもいない。勉強そっちのけで探し回った結果、避暑地軽井沢で、チャライケメン大学生の運転する左ハンドルオープンカーの助手席に座り髪をたなびかせる彼女を発見することになった。抗議のために近づいた僕は、イケメン大学生によるアクセルとブレーキの踏み間違いにより、全治3ヶ月の重傷を負った。左手でも字を書けるようになったのはこの件のおかげだ。ちなみに大学生の親が代議士をしており、事は内々に処理された。示談金は雀の涙。
 それで終われば文字通りの骨折り損だけれど、悔しくて悲しくて、泣いて泣いて泣きまくったら妙に頭がすっきりしちゃって、失った水分の代わりに偏差値40からの大学受験を果たしたのだった。

 以上が僕の高校生活だ。その後の活躍についてはウィキペディアを参照されたい。JAXAのホームページでも特集が組まれている。

 さて80歳になった今、振り返って思うのは、あの時の選択は間違いだったのか、つまるところ人生に正解とか不正解があるのかということだ。こういうことを語り出すと、とたんに胡散臭くなるけど我慢して考える。もしあのとき小荒真知を選んでいたらどうなっただろう。ラブラブ高校生活を送り充実キャンパスライフを送っていたかもしれないし、人類は滅亡せずに済んだかもしれない。まあ、そんなのはただの希望的観測でしかない。でも、もしもう一度同じ場面に出くわしたら、絶対に小荒真知を選ぶと思う。絶対に。それってつまりは雪見福子を選んだのは不正解ってことじゃないだろうか。僕はやっぱり間違えたのだ。間違いない。そんなことを思いながら僕は目を閉じた。

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