otava 7 Alcaid -アルカイド- 紅水晶の口紅
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魔法
わたしは憧れていただけで 知らなかったのかもしれない
大人になるということが いったいどんなことなのか
からっぽの空は黒に染まり 満月の白だけが浮いている
暖炉の火はとうに消えて 残された灰が静かにくずれた
「さあ、これを持っておゆき」
いつものように語ることなく 魔女はすがたを消してしまった
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魔法がくれた輝き
夜のうらがわに横たわり 暗闇にのしかかる呪い
紅水晶の透明な赤 つややかな口紅の赤
最後の魔法の時がきた
満月のした草原に立ち わたしは震える手を抑え くちびるに色を差す
月を見る 目を閉じる まぶたのうらに長い夜
目を開けて もう一度 満たされてまるい月を見る
美しい とわたしは思った
星は散り 花びらが舞い 草木は風を受けそよぐ
この夜は 部屋の窓越しに見た 夜とは同じものじゃない
空が明るくなっていく
朝日が闇を消し去って 朝日が影を作り出す
わたしは確かな足取りで 我が家に帰る
呪い
祈りを込めて魔女は縫う 純真を針と糸にのせて
少女の記憶を縫い付ける 少女の姿を飾り付ける
少女の母もその母親も 魔女の魔法を授かった
大人になっていく喜びと こどもを失っていく悲しみ
その喜びと悲しみは 魔女にとっての魔法と呪い
魔女は何も語らずに 少女に口紅を手渡した
この世界のあまたから 美しさを見いだす魔法
二面性の仮面を被る呪い
そしていつもと同じように 窓辺で椅子に腰かける
少女はひとり草原に立ち そっと静かに紅を引く
最後の魔法の時がきた
七つの星が彩る空に 満ち足りた月 踊る少女のシルエット
美しい と魔女は思った
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