otava 3 Phekda -フェクダ- 金毛の羊皮紙
魔法
夜が明けると いつも世界は変わっていた
花々は朝露に濡れ 馬はいななき 小鳥がさえずり歌う
わたしは気づいていた
何もかもが長い夜のあいだに すがたを変えてしまうのだと
こどものわたしは眠りのなかで 何ひとつ知ることができない
「知恵を持たずに旅に出るのは 愚か者のすることだよ
まずは賢者に教えを乞いな
愚かの意味から調べるといい」
魔女に促されるまま おそるおそる らせん階段を下る
頼りなくゆれるロウソクの灯 薄い月明かり
きしみを上げる板張りの床 のびるわたしの影
ほこりっぽい書庫は壁一面が本棚だった
赤 青 黒 茶 背表紙のモザイク
一冊一冊がわたしよりもずっと時間を重ねている
黄金に光る巻物を手に取り広げると
古ぼけた羊皮紙に文字が浮かび上がった
そこに書いてある言葉は 難しくて
ところどころしか分からない
けれど わたしはもう知っている
馬に乗り野を駆けめぐり 山頂からふもとを眺め
花かんむりで夏を祝い 酒を酌み交わし朝まで踊る
いつかの誰かの記憶 わたしの記憶
呪い
大人の魔法を授けることは ふつうの魔法とぜんぜん違う
答えは受け手の側にある 魔法は便利でも万能でもない
少女は魔女を訪ねると 魔女は人形の服を裁縫していた
少女は怪訝な顔をしたが すぐ気を取り直す
「この村の外はどうなっているの? 旅をしてまわりたいわ」
少女はこどもらしい冒険心で語り出す
ならば適役がいると 魔女は階下に視線を向けた
少女の足音が遠ざかると 魔女は魔法をひとつかける
手のひらに作った光の球に念を送る
少女の視界をくぐりぬけ 書庫にたどりついた光の球は
羊皮紙の文字に力を宿す
少女は巻物を広げ 先人の記憶に触れる
魔女は目を閉じ 懐かしい風景を想う
この国の果ても理も 小さな花も蝶の羽も 未知を彩る宝石になる
叡智の宝に埋もれてみれば ガラスの玉の偽りが混じる
その宝石は宝石なのか ガラスの輝きではないか
少女は疑うことを覚える