第7回③ 木島 優美さん 「やりたいことなかった」医学生が今、矯正医官を目指す訳
将来の進路として「矯正医官」を考えている、東京医科歯科大学医学部4年生の木島優美さん。今でこそ学生団体の代表として邁進し、今後の目標も定まっているが、かつては「やりたいことがない」と悩んでいたという。
そんな木島さんが、なぜ志望者の多くない矯正医官を志すのか、そもそもどうやって夢を見つけたのか――これまでの歩みから探っていった。
医学部に「こだわりなかった」医学生が
見つけた道は
「高校生で進路選択をした時には、『どうしても医学部に行きたい!』という強い思いがあったわけではありませんでした。」と語る木島さん。医療に対する向き合い方を真剣に検討し始めたのは医学部に入学してからだそう。
特にこだわりがなかったからこそ、1年生の時から将来の進路や医療への向き合い方について考えていた。大学の講義の一環でさまざまなキャリアを歩む医学部卒業生の話を聴く機会があり、それが進みたい方向性を考えるきっかけになったと語る。
「臨床・研究・行政・手術のロボット開発など、多岐にわたるキャリアを持つ医師からお話を聞けたのですが、特に印象的だった先生が2名いらっしゃいました。1人目が、医療AIを扱うアイリス株式会社 共同創業者の加藤浩晃先生。2人目が、東京医科歯科大学 先端医科学研究センターの武部貴則先生で、研究職の傍ら医療×デザインの分野の普及に向け活動されています。
先生方の講義を聞いて『医師の働き方には起業という選択肢もあるのか!』『医療はデザインとのコラボレーションで可能性が広がるんだ!』と感じ、とても新鮮で面白かったのを覚えています。私も身近なものでアイデアを考えることが好きだったので、このような方向からも医療にかかわる道を探していきたいと感じました。」
情報収集を続ける中で、医療への魅力が高まり、関わり方の方向性が見えてきた木島さん。徐々に学外の活動にも目を向けるようになり、2年生からは、のちに3年生で代表を務めることになる医学生中心の学生団体「inochi WAKAZO Project」に参画。この団体では、「若者の力でいのちを守る社会を創る」を合言葉に、ヘルスケアの課題解決プログラムの運営や、2025年の大阪万博を盛り上げる活動など行っている。
「ビジネスコンテストでは実際に手を動かして課題解決をする経験ができましたが、社会実装には至らず、少し物足りなさを感じていました。inochi WAKAZO Projectのプロジェクトは課題の解決策を考えたあと当事者に使ってもらう社会実装まで大事にしており、魅力的だったので参画を決めました。」
2年生の時には、発達障害をテーマとした中高生向けヘルスケア課題解決プログラムの運営、翌年は団体の代表として2025年の万博に向けたムーブメントづくりに携わった。
この活動が、矯正医療に興味を持つきっかけとなった。
矯正医官につながった一歩は、
ふと思い至った「ある疑問」
2年時で取り組んだ発達障害の課題解決プログラム運営の中で、発達障害の当事者会やヒアリングに参加していた木島さん。「その人の行動として見えている部分の奥には、見えていない脳の特性や生育背景がある」ことを実感し、「人の背景を理解したい」と考えるようになっていった。そんな中でふと、「犯罪をしてしまうのもその人の背景が影響しているのではないか」と思い至り、罪を犯した人の更生支援に興味を持ち始める。
色々と調べていく中で、アメリカの刑務所で行われている興味深い取り組みに出会った。そこでは受刑者を対象に起業家精神を養うプログラムが実施されており、受講した受刑者は再犯率が大幅に低下していた。これに、プログラム内容だけでなく当事者自身が課題解決を行っているという点で、運営していた課題解決プログラムと似たものを感じたという。
「犯罪はその人の生育環境や辛い経験などがさまざまに絡み合い、エネルギーがマイナスに発散して起きることも多いと考えています。しかし、犯罪の背景に貧困などの社会課題があることも多く、犯罪に向かった負のエネルギーがポジティブに発散した場合、自分事の課題を大きいエネルギーで解決していくことになるんじゃないかと思ったんです。」
過去の経験や知識が少しずつ点となって繋がっていく中で、更生支援のテーマを深めたいという思いは持ちつつ、すぐには時間を持てなかった。テーマを一つに絞ることへの不安もあったのだという。「そろそろ自分の強みの部分を1つ仮で決めてみて、そのテーマをまずは1年間継続してみよう」と、矯正医療・更生支援のテーマを自身の中で深めていくと決意したのが、学生団体などの活動がひと段落した4年生に上がる時だった。
「これまで自分のやりたいことがわからずもやもやしていた時は、『自分を実験してみる』『自分の興味あることはやってみる』というスタンスで自分の可能性を探ってきました。ただ、私がロールモデルとして思い描く人たちは、1つ自分の強みを持ったうえで他分野との掛け合わせをしている人が多かったので、あとあと変わってもいいので仮でテーマを決めて深めていこう、と考えたんです。」
本や映画、当事者へのヒアリングを通じて学んでいく中で、罪を犯した人には想像以上に複雑な背景・壮絶な過去があることを知り、さらに興味が深まった。過ちを犯した過去を持つ人にも幸せになる権利が必要だと感じ、木島さんは活動や学びを続けている。
医学生である「今の私」にできること
木島さんが考える矯正医療の課題や、それに対し今後どのようにかかわっていきたいかを聞くと、犯罪のない社会を作るための、3つの重要な点を話してくれた。
まず1つ目に「犯罪の背後にある、構造の問題を解決すること」。これはつまり、犯罪に至る原因にアプローチしていくことだ。
2つ目に、「犯罪の背景に応じた必要な支援、心に向き合う矯正教育を行うこと」。再犯を防ぐためにも、懲罰だけでなく、その人の更生を真に想って作られた矯正教育が大切だという。
3つ目に、「元受刑者の応援者を社会に増やすこと」。一度罪を犯してしまうと社会からのレッテルを貼られ、そのレッテルに苦しんで再犯を繰り返してしまうことも少なくないため、社会でのやり直しを応援する人が必要だ。
木島さんにとっての「今の私にできること」は3つ目の応援者を増やすことだと考え、矯正分野で学んだことの発信などを行っている。そして今後は現場に出て、罪を犯した人とのコミュニケーションをとっていくことで、より深い課題を認識し、構造的問題へのアプローチや、矯正教育のあり方を考えていけたらと考えているという。
「やりたいことがない自分」に
劣等感があったからこそ、伝えたいのは
最後に、今回の登壇を通じて伝えたいメッセージについて伺った。
「私は今でこそ自分のやりたいことが少しずつ見えてきましたが、目指すところがわかっていなかった時はもやもやした思いを持っていました。『やりたいことがない、どうしよう』と何もない自分に劣等感を抱いたこともあります。そのため、同じような思いを持つ方に向けてメッセージを届けられたらと思っています。
やりたいことがないのは当たり前でもあって、劣等感を抱く必要は全くない、と今は考えています。『夢や目標が絶対必要!』というわけではないですが、もしそれに悩む人がいたら、私の場合はいろいろな経験や人との出会いの中で『言葉にしがたい胸の高鳴り』を感じることがあり、それを積み重ねていくことで興味の方向性が見えてきた、という経験を本編でも伝えられたらと思います。」
低学年の時から幅広く情報収集を行い、いろいろな経験をしていく中で感じた「やってみたい!面白そう!」という気持ちを積み重ねてやりたいことが見えてきたという木島さん。登壇ではこれまでの歩みや行動力の源、今後のビジョンなどについてさらにお話を伺うことができそうだ。
取材・文:横浜市立大学医学部4年 印南麻央
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