第15回③ 山地 翔太先生 「人と違うこと怖い」葛藤超え、若手総合診療医がめざす世界
現在、総合診療専攻医1年目でありながら、一般社団法人MATSURIの代表理事を務める山地翔太先生。
MATSURIとは、ヘルスケア分野で活躍を目指す若手の人を対象にキャリア教育・リベラルアーツの習得の場を提供するコミュニティである。
昨年末には、医学生・若手医師100人で箱根に宿泊する「箱根祭」を開催。その後も、全国で旅をして探求する数百人規模のイベントを年に2~3回開催しており、この夏には1000人規模・7泊8日の「千医祭」を開催する予定だ。
なぜ「キャリア」に注目した活動を行うのか、その考え・想いに迫っていく。
コミュニティづくりは自分の居場所づくり
山地先生にとってMATSURIを運営していくことは、「自分にとって『こういう世界だったらいいな』を表現する場、自分の居場所をつくっていくこと」だという。
学生時代は学会の学生部会の運営を通じ、自分の世界観と団体の世界観を掛け合わせていく経験を積んでいた。そうした中で次第に、「自分の世界観を反映した、ゼロからのコミュニティ作りをしてみたい」と思うようになったそう。
医学部6年の時に立ち上げた、MATSURIの前身となるオンラインコミュニティは、500人規模にまで成長させることができた。
「オンラインでできたなら、次はリアルの場でのコミュニティを」「100人のイベントを開催できたら、次は1000人へ」と、常に新たな挑戦を続けている。
「はじめはしんどいと思ったことも、いつの間にか呼吸をするようにできるようになっている」と、これまでの歩みを振り返る。
「人と違うことをやる怖さ」との葛藤
自分の理想に向き合い、挑戦を続ける山地先生だが、学生時代には自分のやりたいことを貫くことへの葛藤もあったそう。特に医学部6年次には、周りが国家試験の勉強や研修病院を選ぶ中、コミュニティの立ち上げなど周りとは異なる軸で活動し、「人と違うことをやっている怖さ」があったという。
「マジョリティと外れていく恐怖はなくならないものだと思います。どんどんマジョリティと外れていくと、恐怖も大きくなりますが、自分の心が成長することで恐怖を内在させたままでも前に進んでいけるようになりました」
そんな山地先生は、マジョリティと違うことなど関係なく、「やるか、やらないか」という単純なことだという。
「このまま周りと同じような過ごし方をしていくか、我が道を行くか、自分のあこがれる生き方を考える岐路に立たされたのが、大学4年生の頃でした。葛藤はありましたが、『後悔したくない』『自分に嘘をつきたくない』という想いで『やるか、やらないか』を積み重ねていくうちに、自然と『やる』というような意思決定ができるようになっていきました。」
「やりたいこと」はすでに自分の中にある
自分の価値観、やりたいことにはどう気づいていけばいいのだろうか。
「自分がやりたいことの答えはすでに自分の中にあって、自分でわかるようにできている」と、山地先生は言う。
人はお金や、築いてきたキャリアなど、さまざまなものに縛られている。そうした自分を縛る“鎖”を、自分のやりたいことができる環境下で一つずつ外していくと、やりたいことは直感的に見えてくるというのだ。
「自分らしくない選択を重ねていくと、どんどん自分が縛られていき、だんだん直感的な選択ができなくなっていきます。自分に嘘をつき続けると、自分のやりたいことに気づく感覚が鈍くなっていってしまうのです。」
山地先生が「コミュニティ」にこだわる理由は何か。
それは、「本気で人が変わるなら、すべてを変えないといけない」と考えているからだという。
人は身を置く環境に大きく左右される生き物であり、常に身を置く環境から行動のフィードバックを受けている。同じ環境に居続けると、同じ思考回路での行動しかできなくなってしまう。
しかし全く違う場所に行くと、普段とは違った回路ができる。その世界を経ると、元の世界に戻った時も普段とは違うアウトプットを出せるようになり、自分が変化していくのだ。
「一時的に、一つの物事を変えるだけでは人が変わるには足りないんです。世界をすべて変える必要があるのが、場を作る理由です。その場に足を踏み入れた人が自然に影響を受けたり受けなかったりする場を作っていきたい。」
1000人規模×1週間のイベントに挑戦
今夏は1000人規模・7泊8日のイベント「千医祭」を開催する予定だが、これまでとは大きく3つの点が変化したという。
一つ目に、「暮らす」という要素をコミュニティに入れ込んでいるということ。
1週間という期間にしたことで、暮らし・日常の中で生まれるものを大事にしたいと考えるからである。
最終的にはMATSURIの場を期間限定でなく、年間いつでも好きな時期に自由に来ることができる場にしたいそう。
二つ目に、参加者の対象を大幅に広げたこと。
これまでは医師・医学生のみを対象にしていたが、中高生や社会人を含めた、場に興味がある人ならだれでも参加できるようにした。常に多様な人が集まる場、新しいことが始まる場にしていきたいという。
三つ目に、「アート」の要素を盛り込んだこと。
まるで祭りの屋台を持ち寄るように参加者同士でワークショップを開催したり、歌や踊りなどの自己表現を行ったりと、より自由でリベラルな場にしたいと考えている。
家庭医療という切り口から、
自分の目指す世界の実現に向けて
そんな山地先生だが、医師としてのキャリアに家庭医療・総合診療を選んだのは、いったいなぜなのだろうか。それは、先生自身が実現したい生き方や世界に関係しているという。
「家庭医療は、『人や世界との向き合い方』を医療という切り口で突き詰めた学問だと考えています。相手との出会い方において、医療は一つのきっかけに過ぎず、そこから長い時間をかけて相手と向きあっていきます。」
出会った相手との関わりを通じて世界を見ていき、「その瞬間、その世界に向きあうことで生まれてくるものをともに営む」を実践していく家庭医療が、自分の生き方ともマッチしていたという。
「僕の目指している世界は、『自由』と『愛」がキーワードなんです。自由にその人らしく生きられることが保証されて初めてお互いを尊重できる、自由があってこそ『愛』が成立すると考えています。ここでの『愛』とは、『わたし』と『あなた』の間のものではなく、『わたしたち』の未来について考えていく、人間関係の形としての愛です。この『自由』と『愛』を広げていくことが、自分にとっての幸せであり、実現したい世界なのです。」
最後に、山地先生が今後どのように生きていきたいか聞いてみた。
「僕は、何にも縛られず、自由に生きていきたい。」
自分がリベラルに、自分自身として生きることで、自分のしたいことや自分の歩みたい道はおのずと決まってくるはずだ、という信念をもとに、山地先生は今日も歩み続ける。
取材・文:横浜市立大学医学部5年 印南麻央