第9回③ 畑 拓磨先生 “五足のわらじ”医師が問われた、「何がしたいの?」
今回登場いただく畑 拓磨先生は、総合診療医であり歌手であり“医ンタープレナー”でもあり…なんと「五足のわらじ」を履く医師だ。医療界の内外を問わず幅広いキャリアで活躍しているが、一方で「僕は一体何ができるのか?」と迷ったことも。その問いの答えを探るべく、畑先生の想いをインタビューでひも解いていった。
五足のわらじを履く医師の覚悟
世界の人口は約80億人。
日本人は約1.25億人、そのうち医師は約32万人。では、
(1)総合診療医
(2)越境人材=医ンタープレナー
(3)日本チーフレジデント協会代表
(4)医療安全/診断エラー学 アドバイザー
(5)歌手
これらすべてに当てはまるのは何人?おそらく、ただ一人だ。
そんな唯一無二のキャリア、「五足のわらじ」を履く畑拓磨先生。彩る肩書きはバラエティに富んでいる。
「最初からこんな予定ではなかったですよ。全部楽しくて、全部やりたくて、気づいたらこうなっていた。自分でもびっくりです。」
1日24時間では足りないと嘆くが、歩みは止まらない。
東に面白そうなことあれば 行って共に語らい、
西に悩む学生あれば 行ってその悩みを負う。
場所にも、立場にも、働き方にも一切こだわらない。
それでも「型なし」と「型破り」は大きく違う。手広さはともすれば胡散臭さと隣り合わせだ。楽しくて仕方がない。そんな顔はそのままに、静かな声で“五足のわらじを履く覚悟”を明かしてくださった。
「何か新しいことに手を出すとき、今までのことが中途半端になってしまったら?きっと揶揄されるでしょう。だから、絶対に手を抜かないようにしています。五足のわらじを履くなら、五足全てに本気を出す。プロフェッショナルとしてそうあるべきだし、そうでなければならないと言い聞かせています。」
問われた「君は何がしたいの?」
さっき見たカラスは黒かった。子どもの頃に見たカラスも黒かった。これまでに見てきたカラスはすべて黒い。ならば「すべてのカラスは黒い」だろう。――各事例に共通する情報・ルールに注目して推論する、帰納法という思考方法である。
「僕のキャリア論は演繹法ではなく帰納法なんですよ。」
面白いと思ったものは後先考えず捕まえに行った。“医ンタープレナー”という言葉に出会い、医師の枠を越えて活動する越境人材として生き生きとしていた日々。そんな折にぶつかった問いがある。
――「君は、何がしたいの?」
畑先生の憧れである、日本サウナ学会代表理事の加藤容崇先生に問われた言葉だ。
「挫折というか、はっとさせられましたね。『畑先生はいろんなアイデア、プロジェクトに関わっているようで、チャレンジする才能が本当に素晴らしいね。だからこそ先生はもうひとつ新しいステージに立てると思うんだ。今の畑先生は、最終的に何をしたいのかわからない。いわば、人生を懸けて達成したいミッションは一体何か?ということがうまく伝わってこない。まずは、畑先生にとってのミッションを見つけるのはどう?』と、問いかけられたんです。」
憧れの存在が次の扉を開いてくれた。加藤先生の言葉を胸に、ミッションを探し始めた畑先生。当時の活動を振り返ることから始めたという。
医師として目指していることは何か?
医ンタープレナーとしてやりたいことは何か?
チーフレジデントとして教育にかけるのはなぜか?
医療安全/診断エラー学アドバイザーとしては広めたいのは何か?
歌手として歌を届けたいのはなぜか?
そうして目が合ったのは、今までに診た入院患者だった。
ようやく見つけた、自分だけの正解
順調な臨床経過とは裏腹に、みるみる気力がしぼんでいく入院患者の姿。
誰も悪くない。患者・患者家族と医療者が密に相談し、命のための選択をした結果である。
「今日から入院されることをおすすめします。」
口から滑り出る提案は、医学的に正しい。そしてそれは、患者に対して家のベッドでの寝心地を奪い、家族とごはんを食べる機会を奪い、ペットと戯れる時間を奪う提案と同義だ。
物事にはメリットとデメリットがある。仕方がない。こんなことは日本中どこでだって起こっている。それでも――。
一度気がつくと、もう飲み込めなかった。
「僕は医師として患者の健康と幸せを心から願っています。その一方で、医療を理由に患者にさまざまな不自由を課しています。患者に生きてほしいのに、患者の生きようという意欲を奪っているのではないか。僕はこの矛盾を壊したかったのだと気づきました。」
医療が抱える矛盾を、医療だけで解決することはできない。世界はもっと自由だ。
例えば、入院患者にできることはなんだろう?
映像技術(VR)を使って、まるで目の前に家族がいるような空間をつくり出せたら?
小型ロボットを使って、ペットと同じ鳴き声・同じぬくもりと寄り添えたら?
医療の不自由さに対し、飛び道具的に参入する他産業の視点。これこそ畑先生が、医師以外の活動に求めていた光だった。
「医ンタープレナーとして医師の枠を越え、いろいろな分野の方と話すのは本当に刺激的でした。振り返ると、僕がやりたいことははじめからずっと同じだったんです。目の前の患者が今日を生きようとする、僕はその支えになりたい。明日を楽しみに今日を生きてほしい。そして患者だけでなく、この世に生きる人々全員にとって、生きる原動力が湧きだす社会を目指したい。『すべての人々に生きる原動力を』。これが、僕を突き動かすミッションでした。」
医師も、医ンタープレナーも、チーフレジデントも、医療安全/診断エラー学アドバイザーも、歌手も。すべてのカラスは黒い。羽を広げた活動が一点に着地した瞬間だった。
「今までも細切れのアイデアはありましたが、うまく言語化ができなかった。僕がミッションにたどり着いた時、壁を一つ越えられた、やっと正解を出せたような気がしました。」
無理を感じさせない、背伸びをしない、自分だけの正解。
答えを急がなかったからこそ出会えた「すべての人々に生きる原動力を」というミッションは、当時から続けている活動にはもちろん、今後新たに始める医療広報コンサルタントとしての活動にも根付いているという。
正解から逆算して活動する演繹法とは対照的に、帰納法的キャリア論は個々の活動に共通性がみえない時期を必ず通る。畑先生は忍耐の時期を走り抜けた先で、今までのキャリアを人生のミッションに昇華させていた。
医師の枠を越え、気づいたのは
「――誰にも分かってもらえなくても。それでもよかった、昔はね。」
取材中、ぽつりと溢れた言葉が印象的だった。昔から目立ちたがりで、人の前に立つことが大好き。アンパンマンショーでは一番に手を挙げる子どもだったという。
「そもそも他人への意識が薄かったですね。学生時代は吹奏楽部でひたすらドラムを叩いて、ダンディズムに陶酔する日々…。女性をときめかせるあれこれを覚えるよりも、自分の世界にどっぷり浸りたかった。そういう意味で、モテるタイプではなかったと思います。」
なんともまあ、あけすけだ。笑い混じりに覗かせてくれたのは、等身大の畑先生だった。
ただ自分の好きなことに夢中だった、それでよかった学生時代。
しかし、越境人材(医ンタープレナー)として医師の枠を越えるたび、他者の視線を真っ向から浴びることになる。出向く場では、いつだって異分子だ。誰も自分を知らないアウェイで「なんでもない、ただのしがない医師です」なんて言ってしまえば、次のチャンスは巡ってこない。
「誰だって、知らない人のことは警戒します。とりわけ医師という職業は、それだけで無駄な威圧感を与えている。それが分かってからは、自分がどんな人間で、何を大切にしていて、今後どんなことを考えているのか、できるだけ簡潔に伝えられるよう練習しています。」
簡潔に伝えるためには、そもそも自分の軸を太く持つ必要がある。そのために大切にしているのは、“挑戦する自分を一貫させる”ことだという。
「キャラをつくっているわけではありませんが、自分の“設定”は見失わないように気をつけています。僕がマンガの1ページ目にある登場人物紹介に出るとしたら、どんなふうに描かれるだろうといった具合ですね。“設定”から自分の振る舞いが大きく外れると、一貫性がなくなってしまう。『僕のしていることは、僕のストーリーに矛盾しないか?』は常に意識しています。」
「最初からかっこいい主人公はいない」
キャリアを相談してくる若手に、畑先生がいつも贈るという五か条があるという。
挑戦に勇気をもらう。楽しみを分けてもらう。頑張れ、叶えと切に願う。今までに色んな人が来てくれてね…と咲かせる思い出話は、どこまでも真っ直ぐだ。
挑戦するキャリアというテーマにちなんで、歌手・拓磨のデビュー曲「最高の主人公」に込めた想いを明かしてくれた。
「最初からかっこいい主人公なんていません。全部うまくいかないかもしれない。それでも、不格好でもいいから気持ちのままに一歩を踏み出そう、人生の主人公である自分を堂々と生きていこうというメッセージを込めています。踏み出して体験した熱は、きっと君の想像を超える。僕の歌で迷っている背中を押せたらこんなに嬉しいことはありません。」
焦る必要ないですよ、僕のミッションが見つかったのだってつい最近なんだから――そうおどけて話すまでに、この人はいくつ壁を越えたのだろう。
『すべての人々に生きる原動力を』
力強いミッションとありのままの自分を担いで、今日も八面六臂の活躍を続けている。
最後に畑先生自身の原動力を教えていただいた。
「僕は、僕と関わってくれた人みんなに背中を押してもらっています。僕たちは同じ世界で、それぞれの主人公をやっている。壁にぶち当たって、うまくいかなくて、それでも前を向いて。そうして最高の主人公たちが掛け合わさることで、新たな力を生み出せると僕は信じています。」
他人の目なんて気になって当然だ。
いつもかっこいい人なんていない。かっこよくなくていい、だって僕もそうだから。
医療界を揺るがす生粋のエンターテイナーは、その実あまりに人間だ。
だからこそ、人を虜にしてやまない。
取材・文:島根大学医学部6年 筧みなみ