欧州最大級のテックカンファレンス Web Summitからみえるテックトレンドとは
こんにちは!
今回は2023年11月13-16日に開催されたWeb Summitの現地レポートをお届けします!
※このnoteはRouteX Inc.協力のもとで作成しています。
欧州最大級のテックカンファレンス「Web Summit」とは?
「Web Summit」は、ポルトガルの首都リスボンに150を超える国々から約7万人が集結する欧州最大級のテックカンファレンスです。参加するスタートアップの数は2,600社以上、参加する投資家の数は900を超え、世界でも有数のテックカンファレンスとして認知されています。
Web Summitの初開催は2009年まで遡ります。Paddy Cosgrave(パディ・コスグレイブ)氏を中心とした3名のアイルランド人によってつくられ、アイルランドのダブリンで開催されました。その後、2016年にポルトガル政府が10年間の開催権を購入したことにより、開催地がリスボンへ移動しました。
Web Summitは全世界でテックカンファレンスを開催しており、リオデジャネイロの「Web Summit Rio」、ドーハの「Web Summit Qatar」、トロントの「Collision」、香港の「RISE」などがあります。
コロナの影響によって中止されてしまいましたが、2022年9月には「Web Summit Tokyo」も計画されていました。
テック業界の「秘密会議」Web Summitの特徴
Web Summitは、『New York Times』紙に「テック業界の高僧たちによるコンクラーヴェ」と評されています。(コンクラーヴェとは英語で「秘密会議」という意味で、ローマカトリックの教皇選挙やそのための会議に由来します。)
その特徴は、「多国籍」の「テックスタートアップ」が中心となって形成されるカンファレンスである点です。例として、同規模の参加者数を誇る以下の2つの大規模カンファレンスと比較します。
①毎年5月もしくは6月にフランスで開催される「VivaTech」は、大企業とスタートアップのオープンイノベーションをテーマとしたカンファレンスです。そのため、LVMHやロレアルといった大企業がパートナーとして軒を連ね、ブース出展も盛んに行っていることが特徴です。
参加国数は2022年時点で149カ国です。
参考までに、こちらがVivaTech2023のパートナーリストで、こちらがWeb Summit2023のパートナーリストとなりますので、ぜひ比較ください。
②毎年1月にアメリカで開催され、「世界最大級のテック展示会」と評されるCESは、主にハードウェアを扱う大企業が中心となった展示会です。日本からはソニーやパナソニックなどの大企業がブース出展し、各社の最先端技術を披露します。CESの参加国数(地域を含む)は、150カ国以上とされています。
上記より、Web Summitの特徴は同規模カンファレンスや展示会と比較して、「テックスタートアップ」を中心とした世界で有数のカンファレンスであるということが分かると思います。
また、ポルトガルという地理的要因によって、多国籍スタートアップでもアフリカや南米といった新興国の参加が多いことも特徴です。Web Summitには、欧州・南米・アメリカ・アフリカ・中東の結節点として、各国ブースとソリューションが集積しており、ローカルサービスの世界への事業展開の場として機能しています。
会場の様子からみるWeb Summitの特異性
次に、実際の会場の様子を見ながらWeb Summitの特異性について説明します。
会場は、センターステージと9つのホール会場、その間にテント状のスペースがあります。
センターステージでは、オープニングセレモニーをはじめWeb Summitが主催するスタートアップコンペティション「PITCH」のファイナルや各カテゴリの人気のセッションが開催されました。
ホール会場では、各国のスタートアップブースが出展されていました。
また、Web Summitではフェーズに合わせてAlpha、 Beta、Growthという3段階にスタートアップが分類されます。Alphaのスタートアップは、Web Summitの入場券3枚、投資家とスタートアップのミーティングへの参加権、PITCH、スタートアップマスタークラス、メンターアワー等の応募権と、好待遇が得られます。
また、テックや産業ドメインに関して投票形式で参加型のコンテンツが設置されていました。本カンファレンスに参加する各国のテックスタートアップ、専門家などの意見を見える化するユニークな取り組みです。
テント状のスペースでは、様々なエコシステムプレーヤーが活発な意見交換を行っていました。
Web Summit 2023に対する着眼点
ここからは、実際にイベントに参加して感じた今年のWeb Summitに対する着眼点を共有していきます。
#WebSummitCancel の影響
Web Summitの前CEO Paddy Cosgrave氏は、10月15日、ソーシャルメディア・プラットフォームX(旧Twitter)上で、パレスチナの過激派組織ハマスの攻撃に対するイスラエルの報復を「戦争犯罪」とし、この紛争をアイルランドの紛争になぞらえた投稿をしました。するとこの投稿は瞬く間に拡散・炎上し、GoogleやMeta、Intelをはじめとするハイテク大手、ならびにY CombinatorやSequoia Capital などの巨大VCが続々と不参加を表明する事態に発展しました。Paddy氏はこの影響で、投稿からわずか8日間でWeb SummitのCEOを退任することになりました。
Paddy氏は、Web Summitの共同創業者であり、約15年間に渡り同イベントを主導してきたため、彼のCEO退任には動揺が走りました。その後、同氏はX上で謝罪しハマスへの非難を表明しましたが、Xに上がった一つの投稿がWeb Summit開催に大きな打撃を与えたことは歴史的な出来事となりました。
AIによる各産業のアップデートと欧州特有の事例創出
AIに対する注目度が飛躍的に高まった2023年を総括する形で、Web Summitで行われたセッションでは様々な切り口でAIに関する議論がなされました。
AI×規制
AIに関する規制をテーマにしたセッション「How do we regulate AI?」では、マサチューセッツ工科大学のPrincipal Research ScientistであるAndrew McAfee氏は「ジェネレーティブAIとリスクヘッジの中庸を取ることが重要である」と指摘しました。
また、TechCrunchの「Generation AI: The new era of creators, businesses and consumers」のセッションでは、「厳しいルールはイノベーションを阻害する」ことに言及し、「各セクターごとの規制設計が現実的」であるとしました。規制設計に関しては「政府やビッグテックに加え、イノベーティブなアーリーステージスタートアップの発想を取り入れるべき」という議論が繰り広げられました。
この2つのセッションは、技術革新を阻害しない規制作りについて言及し、ルールや規制を定める各機関に一石を投じる内容となっていました。
GenAI×マーケティング
TechCrunchの編集長Mike Butcher氏などが登壇した「Generation AI: The new era of creators、 businesses and consumers」のセッションでは、GenAI×マーケティングについて議論が繰り広げられました。その中では「(GenAIは)既存業務の効率化の側面が大きい」とし、「創造する活動の底上げにはつながる一方、トップクリエイターの代替を意味するものではない」という意見が述べられました。例えば、企業ロゴを創ることはできるかもしれないが、ロゴにはストーリーが必要であり、そこまでAIが生成することができるとは思わない、と指摘しました。
このセッションでは「GenAIの限界」について語られ、クリエイティブ領域のプロフェッショナルが人間とAIの仕事の棲み分けに関する示唆が提示されました。
GenAI×書籍執筆
経済誌The Economistの副編集長であるKenneth Cukierなどが登壇した「AuthorGPT: Writing the world's next bestseller」においては、ChatGPT等のおかげで最も市民権を得た文章生成におけるGenAIについて議論が繰り広げられました。
セッションでは、「創作の壁打ちとしての活用、あくまで主体は人」であり、「“Hit”の打ち方は知っていても”Home run”は打てないだろう」と指摘され、「いわゆる経済的な意味でのベストセラーは作れるかもしれないが、アート性が付与されるものではない」という意見が出ました。
昨今、AIは急速な発展を遂げ、便利な世の中に進化している一方、AIの倫理的な使用や公正な競争等のルール作りについては、Web Summitのセッションでも議論されたようにまだまだ発展途上です。
しかし、欧州では早期に法規制が生まれつつあります。
それが、欧州連合(EU)において人工知能に関する世界初の包括的な法規制「EU AI Act」です。2023年12月9日に基本合意がなされ、例えば生体情報取得等の項目が制限されることになります。
AIスタートアップに焦点を当てると、Mistral社が2023年12月にシリーズAで$415M調達するなどAIに対する熱量は健在で、今後も世の中にAIの利便性が浸透し続けることが予想されます。
EUが発出するAI Actにアンテナを貼りつつ、各産業への実装事例をスタートアップから追っていくことの必要があるでしょう。
後発エコシステム起点での新規ビジネスの発展
上述したようにWeb Summitでは、南米やアフリカなどの新興国のスタートアップが多く見られました。3つ目の着眼点は、新興国におけるスタートアップ・エコシステムの発展による、いわゆる「リープフロッグ」の可能性について、筆者独自に考察していきたいと思います。
新興国では「社会インフラの未整備」という側面から、先進国では見られない速度と規模感で新拡大し、定着することがあります。この現象を「リープフロッグ」と呼びます。一般的に、この現象のトリガーとなるのは、緩い規制、国家支援、または国外からの技術移転などです。
例えばケニアでは、通信会社Safaricomと南アフリカ共和国のVodacomが提供する決済・送金サービス「M-Pesa」は、年間22兆円の決済がなされており、銀行の代替手段としての地位を確立しています。
東南アジアでも同様の現象が見られます。マレーシアやインドネシアでは、近郊移動用のカーシェアリングサービスが急速に発展しました。GrabやGojekなどのサービスは、保有する位置データを活用し、ペイメントやE-Commerceなどへとサービスを拡張しています。これらのサービスは、スーパーアプリへと成長し、多様なニーズに応えるプラットフォームとなっています。
チリでは、INSTACROPSが農業分野からリープフロッグを起こしています。INSTACROPSは農業版スーパーアプリとして知られ、衛星、ドローン、IoTを統合的に利用し、天候予測や灌漑・肥料管理を実施することによる収量増加を目指すAgriTechです。PCやモバイルアプリを通じて農業を管理し、関連するデータを獲得、得られたデータから農業分野でのリスク分析を通じて現地銀行と連携し、市場の不安感に対してクリティカルなソリューションを提供しています。競合が少ない市場環境や途上国特有の大きな課題が、このアプリの成長を後押ししています。
新興国におけるビジネスの発展は、単に経済的な側面だけでなく、社会的な側面も大きく影響しています。そして後発エコシステムにおいては新たな技術やサービスが、従来の枠組みを超えて普及することで、人々の生活様式やビジネス環境を根本から変える可能性を秘めています。
このように、「リープフロッグ」は、新興国におけるビジネス展開において重要なキーワードであることがわかります。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
本記事ではWeb Summit2023を通して3つの着眼点を記述しました。
#WebSummitCancelの影響: 前CEO Paddy Cosgrave氏による、たった1つのX投稿が引き金となり、最終的にハイテク大手・巨大VCがWeb Summitへの参加を辞退するという歴史的な事件が発生しました。
AIの進化と規制: AIに関するセッションでは、各分野におけるプロフェッショナルが、「AIの進化とその社会的影響」、「AI規制とイノベーションのバランス」についての議論を交わしました。前者は、AIには特にクリエイティビティが重要視される領域では限界があるという指摘、後者は厳しいルールはイノベーションを阻害しうるため、制度設計には関係スタートアップからの視点も取り入れるべきという指摘がなされました。
後発エコシステムの機会: Web Summitでは、地理的な理由から南米やアフリカなどの新興国のスタートアップが多く参加しました。筆者独自の考察として、新興国におけるスタートアップ・エコシステムの発展は、「リープフロッグ」現象を通じて、新技術がさまざまな障壁を乗り越え、急速に普及する潜在的な力があることをお伝えしました。
本noteが少しでも皆さまのインプットや気づきになれば幸いです。
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