【Interview企画/学生小委員会】フランスの建設会社と机をひっくり返すほどケンカした田中土木学会長が、それでも建設マネジメントを推す理由【土木学会田中会長-Vol.2】
みなさんこんにちは!
土木学会学生小委員会インタビューWGです!
前回に引き続き、インタビュー企画第2弾の様子をお伝えします。
Vol.2では、田中会長のマネジメント経験から得たドボク技術者の醍醐味について紹介します!
フランスの建設会社と机をひっくり返すほどケンカした田中土木学会長が、それでも建設マネジメントを推す理由
「現場の所長」時代:マネジメントは人間力を磨く
宮﨑(学生小委員会)――――――
所長時代に経験された印象に残っているプロジェクトについて教えてください。
田中会長―――――
第二名神高速道路のプロジェクトで、2つの河川が並行していて西側に揖斐川、東側に木曽川がある場所で、揖斐川に複合構造のPCエクストラドーズ橋を架けるプロジェクトで所長をやりました。
田中会長―――――
所長になることが決まっていたので、世界一周して、この工事に必要な技術を持っている会社を探しました。そこで見つけたフランスのブイグ社を下請けとして使うことを決めました。
工事としては、当時の日本では、プレキャストコンクリートの1つのセグメントの重量は、最大70~80トンぐらいだったと思うのですが、その5倍以上の最大400トンで、幅員が30数mの物を製作しました。あらかじめプレキャストをヤードで製作し、現地に運んで架ける仕事で、セグメントを端から作っていき、出来上がったセグメント同士を接合していくと原則としてピタッとくっつくことになっています。だけど、接合させるためにプレストレスを入れたり、接着剤として硬化するエポキシ樹脂を使うので設計とズレが生じてしまいます。例えば、樹脂が塗っているときに垂れて、上が1ミリ、下が2ミリずれてしまうことがあると、セグメントが1ミリ上に傾いてしまいます。1ミリのズレが10ブロック続くとメーター単位のズレになってしまいます。なので、線形管理をどうするのかまで含めて調整する必要があり、型枠装置にかなりのノウハウが必要なんです。色々調査した結果、フランスのブイグ社が得意なことが分かり、型枠装置などの発注もその会社と組むことを決めました。
初めのころは、新しい技術ということもあり、色々予定通り上手くいかなかったことも多くありました。例えば、工事の初期に型枠装置の具合が悪く、型枠装置の底面が波打ってしまったことがありました。私が「こんな出来上がりでどうするんだ!」って怒鳴ったら、そんなこと言うなら帰るってブイグ社の責任者の返答があり、僕と決裂しました。「田中君、まずいことになった、どうするんだ。謝ったほうがいいんじゃないか?」など支店の土木部長とか偉い人がすごく心配していました。しかし、私は彼らにとっても利益になる仕事だから絶対に引き上げないと考えていました。予想した通りで、その日の夕方に四日市のホテルの中華料理屋で待ってますと電話があり、行くと責任者が「乾杯しましょう」と言って、乾杯してある条件で手を打つことになりました。彼らは、それを全世界で丁々発止でやっているんです。僕は、そういう人と対等にやるための訓練みたいなものを国内で一緒に仕事をして鍛えられました。この経験は、今思うと非常に面白いものだったと思います。
また、型枠装置は、自動化など工夫をして5日で1つのセグメントを作成できる仕様で発注したんだけど、実際に作成してみると1番初めで2週間かかり、それが12日になり、10日ぐらいまで努力して短縮したんだけど、どうしても仕様に記載された5日にならないので、担当者に「仕様と違う!」って言ってちゃぶ台をひっくり返すぐらいガンガンやり合いました。そしたら「分かりました。」といい、3日後に1人の技術者を派遣してきました。その技術者は、ストップウォッチを持って、全部の工程を測っていました。2セグメントぐらい滞在していたが、急にいなくなってどうなっているのか確認したら、3日後にあるレポートが届きました。それには、作業Aに〇分、作業Bに〇分と事細かに記載されているんです。解決策として型枠装置を設計変更して合理化することで、2日縮まります。あとは、「田中さんの仕事です。」って言うから、「なんで?」って尋ねたら、リーダーの打ち合わせで30分遅れとか、クレーンの取り合いで40分遅れたとか、事細かに全部レポートに記載されていて、それが積み重なって2日の遅れにつながっていることがレポートに記載されていました。日本では、工事係や所長が見て、ここは合理化できそうと思って、変更することはあるけど、彼らは、専門の職員を配置して、現場をチェックして分析しているんです。その結果、自分たちの非は認めて、そこは自分たちで直す。逆に客先の非は、「あなたたちの責任だ。」と堂々と指摘してくる。そういう経験は、今までなかったので、印象的でした。
ただ、彼らは厳しいだけではなくて、多少のユーモアもありました。工事も終盤になり、サイドスパンのプレキャストセグメントを橋の上に乗せようとしたときに工事係にメールが来きました。ボルトの品質を間違えて強度が足りないという内容で、現場の担当者が真っ青な顔で俺のところまできて、「所長、大変なことになりました。半年以上工事が遅れます」と伝えました。初めは、困ったなと思ったけど、でも技術力のある会社がそんな単純なミスするとは思えなくて、「今日は何日だ?」と聞いたら4月1日と返ってきたから、こんなこと絶対あり得ないと思いました。
少し待ってみたら30分後に「エイプリルフールでーす!」という内容のメールが届いて、「マンガじゃないんだぞ!仕事だぞ!シ・ゴ・ト!」って思って頭に来たけど、日本の真面目さだけではやっていけないなって思いました(笑)。
こんな感じで、色々あったんだけど日本のビックプロジェクトで、技術的に難しい中で、海外勢と組んで実際のものを仕上げたっていうのは、自分にとって非常に自信になったし、国内だけど海外の体験をしたような、そんな経験でもあります。当時は、海外業者の技術を使った企業体は、他になかったのだけど、道路公団としても応援してくれたのもあってみんながやらないようなことも実行することが出来きました。
宮﨑(学生小委員会)――――――
この時を含めて、マネジメントを経験して重要なことはどんなことだと思いましたか?
田中会長――――――
そうですね、やっぱり現場の所長は、マネジメントの最初の一歩であるように感じています。所長は、今までに比べ裁量も大きくなるし、自分の判断で多くのことが可能となります。一般的に欧米だとマネジメントは、スキルだと言われています。確かに、工程管理のスキルや人事管理のスキルはあるけど、私は、それだけでは上手くいかなくて、人間力がないとマネジメントは上手くいかないと思っています。ここで言う人間力は、人格や知性、情熱、決断力などそういうものを統合したもので、人間力がプロジェクトの成功の3,4割を占めていると所長の経験から強く感じています。
「土木部長」時代:マネジメントは決断力を磨く
西川(学生小委員会)――――――
人間力が問われた1番の経験はありますか?
田中会長――――――
今振り返ると所長時代では、誰も決断しない中で、自分の責任において、ブイグ社を使うことが決断の中で一番大きかったです。プロジェクトが進むにつれ色々なトラブルが発生するけど、後ろに誰もいないわけだから全部自分で決断しなければならない時に人間力が問われていたと思います。やっぱりそれが1番大きかったです。所長からある支店の土木部長に昇進したときにも人間力、特に決断力を問われたプロジェクトがありました。それは、26kmの重油パイプラインに重油が漏洩を検知する装置を300か所に設置する仕事でも問われました。このプロジェクトの依頼が来たのが8月で工期は11月で工期が3か月と短くて驚きました。しかし、上手くいけばお客さんの信頼も上がると思いやることを決意しました。具体的には、地盤改良をしたのちにパイプラインの場所まで掘削し、漏洩検知装置を付ける工事です。
工事の出来高を管理する手法である出来高曲線カーブで進捗を管理をしていました。このカーブは、最初は低くてだんだん上がっていくのが通常なのだけど、この時は、いつまで経っても上がってきませんでした。
そこで、支店にいた土木部の室長をはじめ技術者を全員現場に配置して、3か月頑張ってもらった。300か所も工事個所があるから地域の警備員、交通誘導員を全部動員しても足りなくて東京とか全国から募集しました。技術者も足りなくて全支店に声をかけて人を貸してもらったり、できることを考えて色々やりました。それでも300か所もあるからトラブルも多くて、なかなか出来高が上がらないからお客さんから呼ばれて、「他の会社の力を借りませんか?」と提案された。いや、自分で受けた仕事なので、「絶対僕がやり遂げます!」と答えたら、「本当にいいんですか?失敗したらしばらく仕事なくなりますよ。」と迫られたけど、「いや、うちだけでやります!」とその場で決断しました。今思い返すと勇気のいる決断だったなと思います。
あとは、自分でやれることを考えて、実行していった。支店長と出来高曲線を書いて毎日進捗チェックする日々を過ごしながら「お!上がってきた。」なんて言いながら支店長室で一喜一憂していました。工事は、火事場の馬鹿力で最後の1か月で何とか間に合うことができました。工事は間に合ったけど、最後にチェックの作業が残っています。その実施日が納期の直前で、失敗だったら納期に間に合わないことが確定してしまいます。ただ、その日に東京で会議もあり、出席するか迷ったけど、僕がいてもできることはないと考えて会議に参加しました。周りの人にプロジェクトのことを尋ねられたけど、いつになっても連絡が来ませんでした。もう、ダメかな…って思ったけど、午後に現場の所長からメールで「◎」が届いて、ほっとしました。やることをやっていたけど、そうはいってもどんなことがあるか分からない中で決断するってことが多かった案件だったと思います。このプロジェクトを経験できたことで、かなり決断力が磨かれたと思います。
「土木本部長」時代:土木の醍醐味
宮﨑(学生小委員会)――――――
建設マネジメントの醍醐味は、自ら決断して成功したときの喜びが大きいのでしょうか?
田中会長――――――
そうだね、それもあると思います。それと、やはり土木は自然を相手にしているので、ラッキー・アンラッキーというのがどうしてもある。そこが土木の醍醐味だと思っています。
建築は、その構造的な検討がきちんとされていれば、ほとんどの場合で設計通りに上手くいくけど、土木の場合は、地盤や地下水など地下が見えないから不確定な要素があり、トラブルを含め色んなことがあります。そこが難しい部分でもあるし、面白いところです。私が土木本部長時代に自然の不確定要素もあってトラブルを起こしてしまったことがありました。この案件は、多くの人に迷惑をかけてしまったので、起きないほうがよかったのは、もちろんあるんだけど、それでも敢えて学生の皆さんのために、お話しようと思います。
朝、会社に車で向かっているときにある支店の土木部長から電話がかかってきて「ちょっと、地盤が沈下しました。」というから、「どのくらい?」って尋ねたら、回答がちょっとじゃなくて、行き先を会社から空港に変更して、現地に向かった。この件は、交差点を陥没させてしまったので、多くの方に迷惑をかけてしまったんだけど、運が良くて負傷者がいませんでした。これには、3つの要因があって、1つ目は、陥没する1週間前にあの交差点を封鎖する訓練を実施しており、現場で交通規制を実施する手順を作業員が熟知しており、すぐにバリケードで封鎖することができたことです。また、朝4時頃で交通量が少ない時間だったことで、陥没した部分に落ちた人や車がなかったことも運がよかったと思います。調査をして地下水や地盤の状況を確認していたけど、そこまで細かく調査で現れなかったことと地盤が斜めに傾斜していたことで今回の件が起きてしまった。さらに、あの時は、トンネルの中で9名が作業していたら水が漏れてきて、吹き付けを行ったんだけど、また水が漏れてきた。それを繰り返して3回吹きつけてもよくならなかったので、トンネル担当の責任者が一旦退避する判断をしました。その判断にも助けられ、誰一人、亡くなることがありませんでした。事故後は、自分が陣頭指揮を執って、陥没した部分を1週間で仮復旧が完了しました。
所長だけではなくその後もいろいろなことを経験してきたけど、その中で重要な気づきがありました。それは、マネジメントでは、マネージャーとリーダーがいることです。リーダーとは、その組織が共有するような目的、目標を作っている。マネージャーは、そのリーダーが示した目標に向かって色々なスキルを使って、達成していく人です。初めは、マネージャーからスタートするけど、そこから脱皮して、リーダーになっていく必要があります。その時の分かれ目となるのが、自分のビジョンを持てるか、その方向性を示せるかが重要でした。リーダーになれると新たな視点・面白さを知れることができるので、ぜひ皆さんも目指してほしい!
西川(学生小委員会)――――――
各段階でリーダーとして力を発揮する瞬間があるんですね!
田中会長――――――
そう、その時には、全く気が付いていないんだけどあの時が境目だったんだなっていう事件みたいなこともあってマネジメントは面白いよね。
最後に
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
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次回に記事は、引き続き田中会長のインタビューの様子をお伝えいたします。
お楽しみに!
<メンバー随時募集中!>
今回の記事を通して「インタビューを通して、直接話を聞いてみて考えを巡らせたい!」「インタビューしたい相手がいる!」という学生は、是非とも学生小委員会に参加し、私たちとともにいろいろな方へインタビューに行きましょう!
インタビューWG以外にも様々な活動を行っているので、興味のある方は、ぜひ一緒に活動をチェックしてみてください!
今回私達のインタビューのために貴重なお時間を頂戴しました
田中茂義会長
には厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
<取材チーム>
学生小委員会
東洋大 宮﨑康平
早稲田大 西井義幸
早稲田大 西川貴章
香川高専 土田虎之助
2023年7月11日 『大成建設(株)本社』にて