
丸刈りの強制は違法ではないのか!?|「高校野球と人権」(中村計/松坂典洋)
【面白かった度】★★★★☆
【オススメ対象】高校野球指導者、オールドタイプの高校野球ファン
丸刈りの合理性はあるのか?
『高校野球と人権』という重々しいタイトル。この本を手に取るのには若干の覚悟を要した。
著者は、おそらく「高校野球×ノンフィクション」の分野では一番の書き手であろう中村計氏と、元高校球児でもあるという弁護士・松坂典洋氏の二人。
昨年の慶應義塾高校の甲子園優勝以来、ネットやメディアなどでは高校球児の頭髪について議論となることも多いが、この本は高校野球において「これって人権的にどうなの?」という中村氏の抱く素朴な疑問を、松坂弁護士が法的な面からの問題点などを指摘していくという、テンポの良い対話形式で綴られている一冊だ。
読んだ感想を先に述べると「勉強になった」の一言に尽きる。
全国の高校野球関係者に「これは絶対に読んでおいた方がいいですよー!」とメガホンで叫びたくなるくらい学び多き一冊だった。この本を読むと「高校野球の丸刈り」について誰かにディベートを挑みたくなってしまう恐れがあるので、その点注意が必要かもしれない(笑)。
本の帯にこんな言葉が書かれてある。
<丸刈りが問題なのではなく、選手の自己決定権が奪われていることが問題。自分たちで決めていることなら、どんな髪型でもいいんですよ>
まさにその通りだと私も思う。
九州の田舎で育った私の中学時代はずっと丸刈りだった。当時の大分県のほとんどの中学では、男子の頭髪は校則で丸刈りと規定されていた。
高校で入部した野球部も当然丸刈り。「丸刈りは嫌だなぁ」とは思ったが、入部する前からそれは分かっていたことだから「訴えてやる!」という考えなど微塵もなかった。
ちなみに野球が上手かったチームメイトの何人かは「丸刈りが嫌だ」という理由で高校では野球をやらなかった。
「仮に」、とした上で中村氏は松坂弁護士にこう質問をしている。
「今、高校生が野球部の丸刈りルールはおかしいと訴えたとしたら、どうなりますか?」
これに対して松坂弁護士はこう答えている。
「すぐに違法という判断にはならないと思います。ただ、これまで以上に丸刈りの合理性があるかどうかは問われることになるでしょうね」
監督と選手の共犯関係
これは特に強豪高校を訪れたときに特に強く感じることだが、不思議なことに、選手からは丸刈りにされている事への不満や疑問を感じることはほとんどない。
つまり、丸刈りを問題視して騒いでいるのはいつも外野である我々大人だけ。
一体誰のために、何のために問題視しているのかと、こちらが疑問を感じてしまう。
だが、次の二人の会話にそのことの答えがあると思った。
中村「普通の髪の長さをしている選手と話をしていると、すごく大人っぽく感じられるんです。(中略)だから、丸刈りにしているチームを見ていると、監督は選手達を大人扱いしたくないのかなとも思ってしまうんです」
松坂「(中略)髪型を自由にしてしまうと、高校生の自我を解放させてしまうと思っているところもあるのだと思います」
中村「確かに、怖がっているように見えてしまうんですよね。深層心理のところで、長い髪を認めてしまうと統率が取れなくなると思っているような」
つまり「勝たせちゃるけん、言うことを聞け」という監督と選手の共犯関係だ。
2年4ヶ月ほどしかない高校野球で、負ければ終わりの過酷なトーナメント形式を勝ち上がるためには、主体を選手に委ねるよりも、監督が絶対権力者として君臨して選手の自我を抑え、管理した方が結果が出やすいのかもしれない。
高校球児の本音では「大事なことは甲子園に出ることであり、そのためだったら髪型なんてどうだっていい」なのかもしれない。
しかし、それでも敢えて言いたい。
2016年から選挙権年齢が引き下げられ、満18歳以上の高校3年であれば選挙権が与えられるようになった。選挙権が行使できる立派な大人なのだ。だからこそ、高校球児も自分の権利にもっと自覚的になって欲しい。本書の言葉で言えば、高校球児は「保護すべき対象」ではなく「権利を持った主体」となって欲しい。
高校野球が教育の一環であるならば、指導者たる先生、監督はこの本を読んでおくべきだろう。
そんなことを考えさせられた『高校野球と人権』でした。
「高校野球と人権」
中村計/松坂典洋
KADOKAWA
