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烈海王はなぜ死んだのか?

刃牙シリーズ第4部『刃牙道』において、“魔拳”こと烈海王が死んだ。現代に蘇ったクローン武蔵に一対一の勝負を挑み、そして斬り捨てられたのだ。読んだときは虚無感が襲ったものだが、今回はバキシリーズを支えてきた人気キャラ・烈海王がなぜ死ななければならなかったのか、を考察していきたいと思う。

烈海王とは?

バトルでは興奮を、バトル外では萌えを与えてくれた烈さん

烈海王の初出は『グラップラー刃牙』の第21巻で、渋川剛気やジャック・ハンマーなどと同じく最大トーナメント編からの参戦となる。この頃は初めて来日した緊張からか、それとも中国武術を一身に背負っているという気負いからか、傲岸不遜なキャラクターだった。直情的で裏表のない性格も相まって愚地克己を始めとした選手たちに喧嘩をふっかけたりしていた。しかしその実力は本物で、トーナメントをほとんど無傷で勝ち上がり、あの範馬勇次郎をして「中国四千年、お前なら(刃牙の中に眠る範馬の血を)目覚めさせられる」とまで言わしめた。準決勝では刃牙と死闘を繰り広げ、覚醒した刃牙に首を折られて惜しくも敗れたが、その実力を遺憾なく観客と読者に見せつけたのだった。

この敗北は烈海王にとって良い方向に作用したらしく、第二部以降は性格がいくぶん柔和になり、義理堅く、うちに激情を秘めた好漢になった。この頃から空手道神心会に出入りするようになり、特に最大トーナメントで瞬殺した愚地克巳とは熱い友情を結ぶようになっている。最凶死刑囚編ではvsドリアンの一番美味しいところを持っていったり、逆に敗北寸前まで追い詰めたドイルのトドメを(何故かたまたま即効性の鎮静剤と注射針を持っていた)ジャック・ハンマーに阻止されたりした。また、所謂“ツンデレ”キャラが開花したのもこの時期で、すごく親切なのにそこを指摘すると照れる、という萌える一面や、「問題はない!15メートルまでなら!!!」や「わたしは一向に構わんッッ」などの名言も生まれ、人気・実力ともに刃牙ワールドで屈指のものを誇るに至っていた。

雲行きが怪しくなるのは第三部『範馬刃牙』のピクル編以降で、ピクルの野生を目の当たりにして米軍基地に夜這いをかけたり、「ピクル以外に興味が持てない」とか言ってみたりしていた。そして徳川三成に直談判し、ピクルとの対戦を実現したが、ピクルの頑強な肉体には、中国四千年を体現した自身の技の数々が全く通じず、挙げ句に中国武術を捨てグルグルパンチを敢行。醜態を晒すが、最後は己を取り戻し、ピクルのタックルに崩拳で応じるが通じず、右足を食われてしまった。その後、自身の仇討ちに名乗りを上げた愚地克己を支援するため、高齢の郭海皇をわざわざ中国から呼びつけて指導させるも、やはりピクルには通じず、この頃から中国拳法のあり方や、自身の技に限界を感じたのか、ボクシングに転向したりしていた。ボクシングでは並み居る強豪を前に中国武術の優位性を見せつけ勝ち上がるが、そこに待っていたのは世界チャンピオンのボルトだった…。

と、思ったら第四部『刃牙道』であっさりボルトに勝っていたらしく、ボクシング・ヘヴィウェイトの世界チャンピオンになっていた。しかし、クローン武蔵が復活したと知るや、ベルトを返上し再び来日する。またしても徳川に無茶を言って武蔵とのマッチメイキングを実現させると、武器術も含めた中国武術で武蔵に挑みかかり、激闘の末に腹部をかっさばかれて死亡した。この直前に郭海皇や範馬勇次郎などの一握りの人間にしか出来ない高級技・消力を披露していたが、結局それも通用しなかった。しかし、腹を斬られて内臓が飛び出して瀕死の状態であるにも関わらず、「次に活かせる」と常に武のことを考えるその姿勢や生き様は、多くの読者や、作中の闘士たちに大きな影響を与えたに違いない(と思いたい)。

 と、ここまでぐだぐだと述べてきたが、これから何で烈海王が死ななければならなかったのか、を考えていきたいと思う。烈の前に斬られた愚地独歩や、烈よりはるかに弱いと思われる本部以蔵は何故無事で、烈だけが死ななければならなかったのか、そこのところを項目別に考えていく。

 

理由1:直情的な性格

烈海王という漢は常に直情的だった。竹を割ったような性格とはこのことで、思い立ったら事の善悪関係なしに即座に行動してきた。敵であるヘクター・ドイルを救って薬膳料理を振る舞ったり(その前に自分も助けられているが)、師匠の劉海王が勇次郎にメタクソにやられたときは、ルール違反覚悟で武舞台に飛び込んで勝負を挑んだり、ボクシングの世界タイトルに挑戦してみたり、ピクルやクローン武蔵といった強敵にも臆することなく、いの一番に試合を申し込んできた。

筆者はこうした一本気な性格が死を招いたのではないかと思うのだが、どうだろうか?要するに、作者の板垣恵介氏の立場になってみれば(先生、クソ素人が生意気言ってすいません)、主人公である刃牙に真っ先に挑戦して欲しいだろうと思うのだ。ピクル編・武蔵編の刃牙はどこか奥手で、両人との対決はいつも最後だった。散々相手の戦い方を観察・対策してからの対戦なので、いまいちヒートアップに欠けるものがあったと思う。ピクルとも武蔵とも序盤に小競り合いをする場面はあったが、それは文字通りただの小競り合いで、作中で言うところの“漢比べ”を最初に行ったのは烈海王だったように思う。

こういうのはまず主人公に行って欲しいと思うのは筆者だけだろうか?幼年編の刃牙はユーリ・チャイコフスキーのいるジムに行って喧嘩をふっかけたり、花山組の事務所に乗り込んで花山に上段蹴りを喰らわせたりしていた。つまり自分からアクションを起こしていた。関わると面倒くさい奴だが、そういう人間こそ物語の主人公に相応しいのだとも思う。普通の人間なんて絵空事の漫画で見せられてもつまらないからだ。今の刃牙はあの頃に比べると随分丸くなってしまって、超人的な体術や肉体は手に入れたかもしれないが、それ故にどこか達観してしまって物事に対して非常に受け身だ。

その点、烈海王は違う。彼はいつも感情のままに行動する。怒ったら喧嘩をふっかけ、自分がこれと見定めた人物に対しては手を尽くして助力する。自分が半生をかけて修得した中国武術に誇りを持っていて、求められれば教え、馬鹿にする奴は叩きのめす。また、自分のクン・フーを試したいと常に願っている。だから真っ先にピクルにも武蔵にも挑戦状を叩きつけた。勝敗は問題ではない。勝つか負けるかではなく、心に生じた僅かな機微に従ってあるがまま行動を起こす。それが“烈士・烈海王”というキャラクターなのだ。

第1部の時の刃牙。この頃は牙があった。

理由2:立場

烈海王は度々来日している。何で?と聞かれたらそれは“物語の都合上”なのだろうが、多くは空手道・神心会本部道場に出入りしているため、客分として迎え入れられているのかもしれない。烈海王は香港生まれの香港人だし、中国拳法に誇りを持っている。しかし来日回数と滞在期間的に見ても、中国で定職についているとは思えない(米国でボクシングとかやってるし)。第2部で安藤さんの「烈海王は中国では大変な名士なんだぜ」という台詞があるが、もしかしたら“拳法家”として凄すぎるせいで、そのネームバリューだけで食っていけるくらいの知名度があるのかもしれない。

ピクル編でも武蔵編でも地下闘技場戦士の尖兵として真っ先に挑戦者となった彼だが、こうして考えると、烈海王のフットワークが異常に軽いことが見て取れる。要するに彼は“フリーの中国拳法家”であり、基本的に自由人なのだ。看板を譲って隠居したとはいえ、何となく自社ビルに通っている節のある愚地独歩や、門下生たちをまとめ上げるのに忙しいであろう愚地克己、定期的に警察に柔の手ほどきをしている渋川剛気、組の経営が色々あるであろう花山薫や、基本アメリカに住んでるっぽい(?)ジャック・ハンマー(日本じゃ手に入らない薬物もあるだろう)、そして高校生活がある刃牙。彼らは皆、何かしらのしがらみに縛られている。つまり、おいそれと社会的な関わりを捨てて、直立原人や現代に蘇ったオサムライに挑戦するわけにいかないのだ。

しかし烈であれば可能である。失うものがない人間は恐ろしいというが、実際に烈海王は戦うためだったら何でも捨てたり、振り払ってきた。名門・白林寺を破門覚悟で無断で抜け出し、ピクル戦では中国拳法すら捨て、ボクシングのチャンピオン・ベルトをあっさりと手放した。“強いやつと戦いたい”という行動原理に常に烈海王は突き動かされ、それを実現するだけの行動力を示してきた。

別にフットワークが軽くたって殺されやしないだろうと思うが、それは主人公の邪魔をしない場合に限るだろう。主人公が行こうとした矢先に、先に動かれたのでは作劇上都合が悪い。

 

総括:主人公化

バチバチに尖っていた頃の烈さん。
この時はまさか萌えキャラ化するとは誰も思わなかったであろう。

上に挙げたことを総括して、筆者は烈が死んだのは、物語の進行を妨げるほど烈が主人公化していたのではないか、と(勝手に)考える。実力があり、人気があり、一本気な性格だが根無し草のようにどこへでも出没する柔軟さも持ち合わせている。最近の刃牙は、それぞれのキャラクターが主人公のような扱いをされていて、各キャラにそれぞれエピソードが用意されていたりするが、烈海王はそれが際立っていた、とも言える。なにせ単独でボクシング編なんてものまで描かれているのだ。第4部においても、その流れが継承され、主人公の刃牙が食われることを懸念した何者かの働きかけによって、烈海王は没したのではないかなぁと思う次第でありんす。

と思ったら異世界転生して主人公の座についていた烈海王。
どんな物語が紡がれていくのか楽しみなのです。


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