愚か者たちの逆襲
「お笑いは逆襲だ」という表現を耳にする。
冴えなかった学生生活を生き様で見返すだとか、己の信じる笑いで世間に認められるだとか、概ね挫折を見返す意味合いで使われるようだ。
空気階段の第5回単独公演<fart>もまた、ある種の「逆襲」の傑作であった。
fart 東京千秋楽
0. OPコント
1. 東京
2. ハイスクールクイズ群馬予選決勝
3. let it be
3. 一子相伝
4. 神村クリニック
5. YOURギガソング
6. fart
甘い考えのまま上京を試みる青年ショウヘイを、上京を志す者を選別する男飯島が矯正しようとするコント「東京」でのワンシーン。
岡山訛りの残るショウヘイがコンパのシミュレーションを行うシチュエーションは、演じるかたまりの実話と重なる。大学進学を機に上京、初めての新歓コンパで方言をバカにされ、そこから大学中退まで追い込まれる挫折のエピソードだ。
一方コント「東京」のショウヘイは、飯島に「方言は武器だ」と指導される。かたまりの実人生の挫折に、コント内で逆襲をはたすようだ。あの時、からかわれた方言を「武器」にできていたら、もし隣で支えてくれる誰かに出会えていたら。IFの物語の主人公は、挫折を回避して新たな道へと進んでいった。
さて、その新しい道はどこへつながるのだろうか?
実世界の「もしも」を超え、幸せで都合のいい人生を歩む、なんて空気階段は許してくれない。
ショウヘイは東京へは行けない。克服したかもしれない過去の、その先の未来にもまた、挫折が横たわっている。
「fart」では、素寒貧に陥った流浪の男鳥じいと引きこもりの青年ツトムが一発逆転を信じて競馬場へ向かう。ビギナーズラックを信じ、名前に「鳥」が入る「ウサミトリトン」を選ぶも大負け。もし、そのとき直感を信じて「ユーリンチーフォゲット」に賭けていたら、「油淋鶏」の「鳥」に気づいていたら、挫折を回避していた可能性は無数にあっても、彼らはそこにたどり着けない。
絶望的な展開を、しかし空気階段はあっけらかんと笑う。
「fart」の鳥じいのセリフにこんなものがある。
うまくいくばっかりじゃない人生、その方が面白いし、楽しい。
この台詞に、人生観をみいださずにはいられなかった。
挫折への解答はほかにもある。
「ハイスクールクイズ群馬予選決勝」、クイ研の清水・倉田は、苦戦の末決勝に進出したにも関わらず、優勝を逃す。その時、清水は
と涙ながらにコメントする。放送コードを逸脱した青春は、彼の人生の失敗でもあり、かけがえのない軌跡でもある。
「神村クリニック」の神村医師は、青春のトラウマから屈折した人生を歩んでいる。誰しもコンプレックスをからかわれるのは苦しいことだが、それが巨大な秘密結社に繋がり、やがてどこかの誰かのピンチを救うバタフライエフェクトを生むとは、奇妙な因果である。
ところで、神村医師は、青春時代のあだ名「かむりん」をコンプレックスへの嘲笑と捉えているが、苗字の「かみむら」をもじっただけとは考えられないだろうか。それは本当に嘲笑だったのか、それとも嘲笑により歪んだ認知による曲解だったのか、不毛な議論ではあるが。
ともあれ、青春の挫折により今の神村医師が生まれた。その逆襲にかける情熱と側からみたときのくだらなさはアンバランスで滑稽、空まわる姿には虚しささえ感じる。もっというと、そんな神村医師に説得されてしまうヒダカ青年もまた、浅慮で愚かと言えるだろう。
前述の人物だけでなく、単独公演fartには次々と愚か者たちが登場する。誰しも失敗し、挫折し、変なところにこだわっている。
「let it be」に登場するウサミは、宝くじの賞金でまともに走れない競走馬を買い、隣人とモールス信号で会話し、ボンゴで50音の歌を歌う。こんなに珍妙な生活をしているのに、当の本人はそれを取り上げられたくないと言う。
人の面白さ、幸福のあり方などは究極当人にしか判定できないものであり、もっというと当の本人にすら感知できてないこともある。
むちゃくちゃな選択をし続ける愚か者たちは、ともすれば観客からのヘイトを買いかねない。しかしfartの登場人物は誰も彼も愛おしい。
それは、空気階段の2人が人物に向ける温かい眼差しによるものだろう。彼らのコントにはいつだって愚かさを慈しむ人間愛がある。
いつだったか、かたまりが「自分の前で彼女がおならをするのは嬉しい。信頼してくれている気がするから」という旨を語っていた。彼らが「fart」に込めた愛情は、そんなおおらかな感性に起因しているのだろう。
「一子相伝」で徳川歴代将軍のモノマネを受け継ぐチサトは、作者の愛情に救われた人物なのかもしれない。4chにも8chにも相手にされなかった父を見て、
と啖呵を切った彼女の逆襲が叶ったかどうかは結局わからない。
それどころか、彼女はその後30年のうちに逝去したことだけが明かされるのだ。
西暦3333年、ロンドンの地下で目覚めた徳川家康の前で、モノマネを披露してくれる末裔も絶望的だろう。
だが、彼女の人生がきっと幸福なものであっただろうと希望が持てるのは、キラキラした目で初恋相手との約束を話す鳥じいの存在があるからだ。鳥じいのとなりに、彼女の居場所は確実に在った。
エンディングで流れた「少年少女/銀杏BOYZ」は繰り返す。
愚か者にも居場所があるから、こんなに温かい気持ちで見届けられたのかもしれない。
とすると、冒頭でこの公演が「逆襲だ」なんて言ったけれど、前言撤回しなくてはならない。仕返しを成し遂げたかどうかなんて重要ではなかった。ここに描かれていたのは、結果はどうあれ人生の選択への肯定と祝福であった。私もまた愚かな人間なので、よく間違う。
そして、「fart」クライマックスの選曲はフジファブリックの「エイプリル」だった。
涙と一緒に糞が出てしまう鳥じいは、チサトとの約束を果たして脱糞していた。
そういえば、「一子相伝」は全国ツアー中盤で追加されたコントらしい。名しかなかったチサトに人生と人間の奥行きが生まれたのも驚きだが、そもそも全国を回るうちに構成が大胆に変遷していったのも長期間にわたるツアーならではだ。
空気階段初の全国ツアーとなった今年の単独公演は、コント内のモチーフにも随所で「旅」を感じられる。
岡山→神戸→奈良→大分→函館と全然東京に着けない「東京」を始め、具体的な地名が数多く登場する。
それに、最後のコント「fart」はまさに鳥じいとツトムのロードムービーだ。
かねてより空気階段2人の共通の夢として語られていた「全国ツアー」、KOC2021王者の頂を経て到達した夢の旅路は、一体どんな景色だったのだろうか。
とかなんとか書きましたが、うるせー!そういう能書きとかどうでもいいんだよな最終的に!
結局屁とか糞とかで笑っちゃうんだもんなぁ!
サイコゥ!サイコゥ!サイコゥ!
KOC直後に、ビートたけしから
と言葉をかけられたと聞いた。
ここには空気階段の居場所があるから、だから無事にコロナを克服して戻ってきてくれ。
にんにんドロン!!!!