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腐りかけのわたしと橋本奈々未さん

家族(両親)との関係はそれほど良くない。高校を卒業してすぐ実家を離れ、10年間外で好き勝手に暮らした後に精神を壊して帰ってきたのだから良好な関係を築くのはなかなか難しいだろう。

帰ってきたばかりの頃、わたしはずっと寝ていた。たまに起きるとチョコレートを大量に食べて、体重は45キロくらいしかないのに奇妙にお腹だけ張っていた。戦地にいる栄養失調の子供のようだった。

わたしはベッドでじっとしながら天井を眺め、たまに耐えきれず怪獣のように吠えた。あーっ!!!!!!!!

誰も近づいてこなかった。
これでいい。
わたしは一人、井戸の底で漂っている。
命を悪戯に摩耗させて終点を待っている。

当時わたしは腐りかけの身体を用いて詩を書いていたので、脳内で本当にこのように思考していた。それを脳から取り出すだけで詩を書けた。
ただそれは"書くことが可能だった"という意味の書けたであって決して"良いものが書けた"というわけではなかった。

「うんこ」を脳から丁寧に抽出していただけだ。詩というのはルールが明確でないために、本人が書けていると思ったらそれは詩である。それは間違いない。
ただ、本人はそれをあとから取り下げることもできる。

I'm sorry, that wasn't a Poem, It was a UNKO.
すまない。あれは詩ではなくてうんこだった。

うんこに価値がないわけではない。あと、他人から「あの詩はうんこだった」と言われたら腹が立つ。

ちょっと読んでいる人には分からないかもしれない。正直わたしも書いていてちょっと分からなくなってきた。

「うんこ」というワード=酷い作品であるというただの例だったのに「うんこ」は生きてきた証ではないか?みたいなところまで思考が行っている。
危うく実際に10年前の詩を読み返し引用して「うんこ」たる所以をここで説明しそうになった。わざわざ分析して稚拙であることを証明しなくていい。
春日さんのモヒカンキャラみたいに、オードリーのショートアメフトみたいに、笑って終わらせたい。

両親は嫌味を言うこともなかった。
何かを言おうとしていた時期もあったが、脳内がうんこだったわたしには何も響かなかった。

◻︎


食事も家族それぞれバラバラで食べていたが、大晦日の日だけは、居間に集まってテレビで紅白歌合戦を見ながらお刺身やお節料理を食べるという習慣がいつの間にかできていた。
父親とわたしは酒を飲み、母親も一緒にそれぞれの仕事の話をしたり、紅白に出ているアーティストにあーだこーだと適当なことを言い合ったりなどした。

わたしは普段自分の話をほぼしない。家族で会話していても、両親の話を聞くことのほうが圧倒的に多い。
話を聞いているほうが楽だし、精神が"あーっ!!!"となっていない限りわたしは比較的聞き上手な人間だ。

だから両親はわたしが何を好きなのか知らない。
KinKi Kidsだけは小学生の頃から好きなので知っていたため、その年紅白初出場だったKinKi Kidsがよく話題に出ていた。「何回も出てそうなのにね」と母親が言い、わたしは「KinKi Kidsちゃんは年末年始はいつもライブやってるから」と説明した。

◻︎


実は、わたしは内心ドキドキしていた。
その日は2016年12月31日。バナナマンが裏紅白として副音声番組をやっていて、乃木坂46の橋本奈々未さんがグループ卒業&芸能界引退前ラストステージとして「サヨナラの意味」をパフォーマンスをする日なのだ。
バナナマンが好きなことも乃木坂46が好きなことも両親は知っていた。知ってはいたが、どのくらいの熱量で好きかなんて、全く話したことがなかった。

「バナナマンは面白よね、乃木坂はかわいいよね」

これくらいしか言ったことがなかった。なので、心の中では橋本奈々未さんのラストステージを目に焼き付けようと思っているのに、父親がちょこちょこチャンネルを4とか8にする。しばらくすると1に戻すのだが、乃木坂の時に1以外にしたらどうしようかとドキドキしていた。

「ちょっと、お父さん、わたし、乃木坂46を見たいのですが」

これを言うのはかなり勇気が要る。
「え!見たいの?どの子が好きなの?そんなに好きなんだ!へぇー!」と言われたらどうしよう、父親は酔っていて上機嫌なのでペラペラ喋ってきそうだ。
基本的にデリカシーのない人なので「ちょっといいかい」というわたしの表情を汲み取ってくれることは期待できない。

やきもきしながら過ごしていたら、乃木坂46が画面に映った。
今でも伝説として語り継がれるあのワインレッド色のドレス。橋本奈々未さんは堂々としている。
この人がアイドルになったことは奇跡だと思う、とメンバーの誰かが言っていた。本当にそうだと思う。

紅白歌合戦が行われているNHKホールに乃木坂46メンバーがいて、バナナマンもいる。これが奇跡みたいな確率で起きていることはわたしでも理解できた。

曲中からうるうるとしていたが、家族の前なので我慢していた。でも、歌い終わったとき、設楽さんの声ではっきりと「橋本ー!!!」と聞こえたときにダムが決壊して、わたしは居間で大号泣してしまった。
橋本奈々未さんの表情と、ドレスと、メンバーと、バナナマンの優しい声。我慢できるわけがなかった。葬式のBGMはバナナムーンのオークラさんのデブドリンクの話を流してほしいと思っているくらいバナナマンの声が好きなわたしなのだ。

ティッシュで目を覆いながら、わたしは自分の部屋に引きあげた。家族にはその後も乃木坂の話はしていない。

だけど、たまたまリビングで家族と居合わせたとき歌番組に乃木坂が出ているとわたしは「お!」と言って画面をじっくり見れるようになった。

母親は「みんな綺麗だねえ」と言う。
わたしは「そうだね」と答える。

#エッセイ
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