小山田圭吾と「20数年前の和光学園」のインクルーシブ教育 3 ご意見、疑問への回答

今までの投稿で思いがけず多数の反応があった。それだけこの件の関心が高いということだ。この件とは、小山田圭吾の学生時代の障碍者等に対する虐待だけでない。臭いものに蓋とばかりに不都合な事実に対して見て見ぬふりをして、目先の利益や保身ばかりを図り、その陰で泣いている者を見捨て、切り捨て、無かったことにする「魂の殺人者」と言うべき者たちの跋扈と、それを容認してしまう社会の体制が僕たちの目の前に立ち塞がっていること。皮肉なことに「多様性、調和、共生社会」を謳う五輪の理念が形骸化して金儲けの商業的イベントに成り下がっていることを暴露するようなスキャンダルが相次ぐ中で、その不気味な壁を多くの人が発見したのである。

まず、この件で僕は母校である和光学園での実体験を思い出した。その実体験は、インクルーシブ教育を早くから実践してきた私学の素晴らしい理念と実態との乖離の記憶である。それから渦中の小山田圭吾は同じ学校、和光学園の出身であり、そのことは周知の事実である。母校の誇りとなるべき優秀なミュージシャンが凄惨な加虐行為、それも和光の理念に相応しくない、まるで正反対の、反抗のできない弱い立場のものを執拗に攻撃し楽しむという吐き気を催すような行為を繰り返していたと「自白」し、自らのキャラクターの色付けに利用していたのである。この異常な蛮行は、小山田圭吾独自の異常性、嗜虐癖、反社会性も要因だが、それ以上にその黒い人間性による周囲への被害を見逃し、放置し、もって事実上容認してきたことが問題であり、かつその犯行現場の管理者であり、生徒である加害者を補導し被害者を保護しなければならない立場の和光学園にも要因があるのではないかと提起した。

僕は小山田圭吾の異常な学生時代のエピソードを読み、「和光ならさもありなん」という印象を抱いた、と書いた。何故なら、僕自身が和光中学で3年間を過ごす中で、生徒間の加害行為が教員の目の前で行われているのに強力な指導がなされず(叱責、制止、面談、被害者と加害者の隔離、処分など)、また障碍者生徒のフォローが不十分である実態を目にしていたからだ。それは前回までに書いたとおりである。

前回までに書いた内容はSNSでも波紋を巻き起こしたようだ。その中には僕としては心外なものもある。僕が書いた内容はすべて実際に見たことで、かつ卒業後約20年前後経っても思い出せるものに限られている。が、その内容を拡大して解釈し、想像によって「~だったに違いない」と投稿しているものが散見される。また現在の和光について「今の和光でも~であるに違いない」と断定してしまう投稿を見かける。現在の和光がどうなっているかは僕が知る由もないことで、僕の投稿は現在の和光を論じているものではない。あくまで僕の経験した20年近く前の和光の実態と、小山田圭吾が惹起した事案とを比較すると、そこには共同教育の理想の狭間で矛盾が見逃されているのではないか、という連続性を見出さざるを得ない、ということを書いているのである。現在はその矛盾が教職員の尽力により解消され、名実ともに共同教育の名にふさわしい学園になっている可能性は、当然ある。

また和光教育のいわゆる「左翼的」な面を指摘し、さながら日本共産党の党学校のようであるとも書いた。これは昭和時代から有名なことで、僕が書くまでもなく、ちょっと政治、教育方面に詳しい人なら誰でも知っている。僕はそれを悪いとは思っていない。教育には理念が伴う、というよりも理念の上に教育がある。理念は完全中立の真っ白ということは無くて、何かしら政治性や宗教性を帯びるのは当然だと思う。また和光が民主主義や平和主義を重んじているのは、共に生きるという理念を達成するうえでも当然のことだと考えている。僕が問題にしているのは、そこまで民主主義や平和を重んじていながら、前に述べたようにスクールカースト上位者や暴力性のある生徒による加害が見逃され、強力な指導が行われず、真にみんなが伸び伸びと楽しく生活し、問題を相互に話し合えるような環境ではなかったその矛盾を指摘しているのである。

ところが、この「左翼的」という面を切り取り、左翼叩き、共産党叩きに走っているような投稿もある。学校が左翼的であろうが、共産党であろうが、社民党であろうが、逆に右翼的であろうが、宗教関係であろうが、言動を一致させて理念通り、宣伝通りに運営しているのならば何の問題もない。例えばカトリック系の学校に入ったのに、中で三位一体を否定する宗教教育が行われたならどうなるか?ということだ。

ここで、寄せられた疑問、ご意見への回答をしたい。

>私も和光小学校・中学校の卒業生で、丸木園長先生もご健在でした。しかしこの記事は一体いつのお話でしょうか?

約20年ほど前、丸木園長がご健在の時期である。
 
>> 「それに中学3年ころになると僕が被害を受けることは無くなったと思う。」
>私も中学生のときにいじめられましたけど、中学2年の後半にクラスごとのホームルーム合宿があり、そこでクラスの課題(いじめ問題など)を生徒が扱います。それがきっかけで3年生のころにはいじめは無くなりました(というより反抗期はどこもいじめがありますが)。
 

>その前からも障害者の生徒をいじめていた生徒は先生に呼び出されて叱られていました。

元和光生以外には「ホームルーム(HR)合宿」というものが何か分からないと思うが、これは中学2年生で行われる2泊3日の合宿式の行事で、東京近郊に転地して、集中して学級の問題点を話し合うというもの。レクリエーション的な要素は全くなく、言葉通りホームルームのためだけの合宿である。日本一行事が多い学校と呼ばれている和光では、授業日数を圧迫する等の理由で存廃が議論されていたが、このご意見の通り、環境を変えて集中して話し合うことで生徒たちの意識に大きな変化が表れるのを僕も感じた。現在も存続しているかはわからない。

>その前からも障害者の生徒をいじめていた生徒は先生に呼び出されて叱られていました。

僕は入学したときに、和光は生徒の自主性と自由を重んじ、障碍者もそうでない者もともに学び助け合い生活する学校だという理念に期待し、希望に胸を膨らませて入学した。確かに入学式は先輩が心を込めて企画した合唱などが目白押しで、入学直後のオリテ運動会という、新入生と上級生の融和を目的とした(だと思う)運動会も、優しい先輩と一緒に一丸となって燃え上っていた。

ところが、その希望に胸を膨らませて始まった学校生活に失望する出来事があった。

入学して間もないころ、クラスのみんなが「チテ、チテ」という言葉を笑いながら級友に浴びせていた。浴びせられる対象は、挙動が周りの子と違って目立つとか、おとなしくて対人関係を築くのが苦手とか、一般にいじめの標的になりやすい生徒たちであった。このチテという言葉が何なのか、最初理解できなかったが、そのうち「知的障害」を意味するのだと悟った。僕はとてつもない不快感と恐怖を覚えた。それは個性的な子供たち、公立学校ではいじめの対象にもなりかねない子供たち(それは僕自身もそうだ)にとっても理想の学校だと信じていた和光で、級友たちが平然と障碍者を侮蔑する言葉を口にしているというギャップである。まるで安全だと信じて避難した避難所に火災が延焼してきたような恐怖だった。僕がこの侮蔑の標的になる日も近いと確信した(事実、そうなった)。そして決定的に失望したのは、「チテ」という言葉で級友を侮蔑し、笑う生徒たちを目の前にしている教員が、一言も注意や指導の言葉を発さなかったことである。

この出来事は、3年間ずっと継続していた。もちろん2年生のHR合宿を境に、また自然な成長ということもあり、同学年の間では目に余るいじめの光景は目にすることが少なくなっていった。しかし、教員が同学年、または別の学年のいじめに対して強力な措置をとった、という話はついぞ聞かなった。それは僕が知らなかっただけかもしれないが。

ただし、館山水泳合宿など行事期間に起きた暴力に対しては、加害者の隔離、指導、合宿参加中止を含む措置が即座に執られ、さらに全生徒の集会を開いての話し合いが行われた。

ところが僕が経験した和光は、行事以外の日常が疎かなのである。これは在学時にも教員、保護者からよく言われていたことで、行事の時は素晴らしいのに普段はどうして・・・という光景をよく目にするのである。確かに行事に力を入れている学校だが、生徒にとって日常が圧倒的に長いのであり、行事だけしっかりしてても、普段の指導が疎かでは何にもならない。普段から迫害されている生徒が行事を主体的に取り組めるわけがない。僕は館山水泳合宿でも、最終日に行われる後夜祭というキャンプファイヤーを囲んだ場で、いじめの標的になっている生徒が「お前は来なくていい!」という暴言と共に「みんなの前で」飛び蹴りされ、場から排除されたのを見たのだ。教職員、コーチ、ほかOBOGを含む多くの大人もいる前で。その光景は今でも僕の心に突き刺さっている。なぜ僕一人でもそれを怒らなかったのだろうという悔悟の念と共に思い出す。

 
>いまはみんな仲良しですよ。
私をいじめていた生徒を我が家のディナーにご招待しましたし、私もその方のご自宅のBBQにご招待くださいました。いまでは飲み仲間ですよ。

それは素晴らしいことだが、僕の在学時に目撃したいじめの対象者たちが同じ感想を抱けるかは、当人に聞いてみないとわからない。

僕自身は同級生の誰ともわだかまりなく会えるだろう。それは僕が大したいじめを受けることなく済んだからだ。せいぜい使用済みコンドームを机に放置される、カバンの中身を学校中にばらまかれる、という程度で、そのくらいは僕自身は水に流せる。だが目の前で飛び蹴りされて後夜祭から排除された彼や、図書室で暴行された生徒たち(暴行したのは彼の下級生)、「チテ」と呼ばれ続けた生徒たち、レーザーポインターを目に向けて照射され続けた彼らが、同じ感想を抱けるかはわからない。

あと今思い出したが、レーザーポインターは僕も顔面にむけて照射された。先生に対処を求めたが、軽く注意したのみで、没収などの措置はなかった。レーザーポインターが目に照射されれば失明することもあり危険なことは、当時マスコミにも取り上げられ問題になっていた。僕は目を守るために、休み時間はコートを被って机につっぷし続けることを余儀なくされていた。教員が対処しない以上、そうやって自衛するしかなかった。

それからナイフを突きつけるいじめも目にした。和光は私物の持ち込み制限は事実上なく、持ち物検査もない。レーザーポインター同様に、ナイフも没収はない。僕はある日、自宅周辺を自転車で外出したときに警官に呼び止められ、防犯登録の照会をされたが、そのとき「友達にナイフを持っている子はいないか」と尋ねられた。僕の学校ではナイフを使った脅迫があります、と言いたかったが、世間知らずな13歳の少年にはその勇気がなく、何も言えなかった。


>辛い思いをされていたのかもしれませんが、何でもかんでも他人のせいにすることを和光は教えていませんでしたよ。
結局は自分でなんとかするしかない。そして生徒がやること、個性を尊重するのが和光です。

だからこうしても問題提起をしているのである。それは「他人のせいにしている」ことだろうか。自分で何とかするしかない、というのは、いじめられる側に原因があるということだろうか。そんな自己責任論は、和光では聞いたことがない、少なくとも公然と口にする教職員はいなかったが、実態は「いじめられる側、集団から排除される側に原因がある」「いじめられるのが嫌なら自分でなんとかしろ、教員は手を貸さない」ということなのだろうか。それが和光の真の体質であり実態なのだとすれば、小山田圭吾の蛮行が長期にわたり見過ごされていたのも合点がいく。


追記 

使用済みコンドームが机に置かれたという件、この使用済みコンドームがどのように「製造」されたのかは知りません。また中身の体液のような液体が本当に体液なのか、別の似たような液状物なのかも、知りません。したがって正確には「使用済みと思われるコンドーム」と書くべきかもしれません。

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