【名盤】George Michael『Listen Without Prejudice, Vol. 1』
Wham!解散後のソロ1stとなる前作『Faith』は、1980年代を象徴するかのように豪華であり、そのうえ夜の繁華街のような妖しげな輝きを伴っていた。その次作となるこちらは、言わば『Faith』の真逆にあたる。つまり、この中には『Faith』のような豪華なサウンドも妖しい輝きも存在しない。あるのはただ一つ、アーティストGeorge Michaelのむき出しの魂(ソウル)である。
アルバムの流れ
アルバムの曲を順番に見ていこう。アルバムはM1「Praying For Time」で厳かに幕を開ける。M1を一聴してすぐに分かるのは、このアルバムが決して『Faith』の二番煎じではないということだ。彼がアーティストとして更なる飛躍を遂げたことの何よりの証明が、アルバムのオープニングを飾るこの曲だと言える。
一転して、M2「Freedom! ‘90」は最高のダンスチューンだ。”Freedom, freedom, freedom”とゴスペルのように歌われるコーラスに高揚感を覚える。Wham!時代の「Freedom」では”Your freedom”を歌っていたのに対し、こちらは”My freedom”を歌っているという対比が面白い。まるで、彼がアイドルとしての自分と決別し、真のアーティストとして生まれ変わったことを自ら祝福するかのような幸福感に満ち溢れている。
Stevie WonderのカバーであるM3「They Won’t Go When I Go」は鎮魂歌のような厳かさを湛えており、スローな曲調も相まってどこまでも落ち着きを払っている。その調べが導くのは、孤独ゆえの絶望か。続くM4「Something to Save」は美しいハーモニーが聴ける小品であり、M5「Cowboys and Angels」はM3にも通じる悲しげな雰囲気をまとったやや長めの曲である。
M6「Waiting for That Day」。アコースティックギターによる優しいイントロの後、彼の歌声が空間を満たすように響き渡る。なお曲の終盤には、The Rolling Stonesのアルバム『Let It Bleed』のラストを飾る大作「You Can’t Always Get What You Want(邦題:無情の世界)」のフレーズが引用されている。
M7「Mothers Pride」ではさらに静謐さを帯び、彼の心象風景が投影されているかのようだ。M8「Heal the Pain」はこれまでと比較すると底抜けに明るいポップな曲であり、人懐っこいメロディーは微笑ましさすらも感じさせる。と思いきや、続くM9「Soul Free」はこれまでの優しい曲調とは打って変わって享楽的なムード。M2「Freedom! ‘90」にも似たダンサブルなサウンドだが、こちらはどこか暗い印象を受ける。
そしてラストのM10「Waiting (Reprise)」では再びアコースティックなサウンドに立ち返り、彼のアーティストとしての自立を高らかに宣言してアルバムは穏やかに幕を閉じる。
終わりに
彼がその心の内をさらけ出したかのようなこれらの楽曲群は決して派手ではない。M2「Freedom! ‘90」とM9「Soul Free」を除けば、本作は極めて内省的であり、ともすれば地味に聞こえるかも知れない。しかし、それこそがこのアルバムに深みを与えており、年月が経った今でも鑑賞に耐えうる普遍性を獲得していると言える。彼が残したこのアルバムが、この先もずっと世界中の人々の心に静かに寄り添い続けることを願いつつ。