ラングレー 一話 波多野 善二
僕がアニメを見始めて、見終わる頃にはもう夏休みに入っていた。
僕が二十四時間テレビを見終わる頃には、宿題は出来ていて、一行日記には一番最初の日である7/25から7/30までは勉強とだけ書いていて、7/31に冒険と書いて、残りは「〃」と雑に書き連ねてある。
これは、僕とガールフレンドであるラングレーとの話である。
ちなみに、僕は僕が知らない所で書いている。
僕がラングレーと出会ったのは、僕が住む町と、その隣町を繋ぐ橋の下である。僕は雨の日にはよく外に出る子だったので、黄色い傘を持って、半袖半ズボンのまま、祖母の家の周りをただ歩きまくっていた。
祖母の家から隣町はせいぜい2キロほどで、途中、道は無数の田んぼがにらみを効かしていて、道は砂利と砂で構成されていて、ある程度の人数の人間が踏んでいるということは、路肩にしか生えない雑草が教えてくれた。確かに人がそこを使ったというのは、空気や電柱や農道具の存在が知らせてくれていた。
その道で足を止めるという事は僕は滅多にしなかった。
足を止めれば、たちまち地面から植物のつるが現れ、僕の足を掴み、地面に引きずりこむ。確かに、僕は少し汚れた青い長靴につるが巻き付き、剥がそうと無理に上に上げようとしても、重力以上の強い力を感じた。気づけば、僕は道の上で大の字になって寝ていて、雨は降っていなくて、道の先にあった無数の水たまりは、忽然と姿を消した。
そんな道を僕は、都会のビル群の隙間を縫うように、人込みを避けるように、歩く。止まってはいけない。
そんな道を歩いた先に、ラングレーと僕が出会った思い出の橋に到着する。
いつものように橋を渡ろうと思ったが、直感がやってきた。
橋は渡るものでしかない、という固定観念を破壊したのである。
その直感に動かされた、というより動くことに同意して、率先して、橋の下へと動いた。
スライディングを決めて、橋の下を覗く。
橋の下は薄暗く、蜘蛛の巣が張ったり、陰に覆われた川の一部分には普段日に当たっている川とは違って、知らない草が生えていた。僕はその草を知らなかった。
薄暗い中でも、特に影の濃い場所に、ラングレーは縮こまって、足を手で抱えて、何を待つ訳でもなく、孤独にただ存在するだけであった。
だが、僕もそんなラングレーに声を掛ける勇気はなかったので、ただひたすらにラングレーを見つめた。普通の人なら不愉快になるほどには。
そんな不審行為を続けていても、雨はやまないし、祖母は家で手芸あたりでもしているだろう、ラングレーはただ縮こまってその場にい続けまくる。
もう十分以上は経った頃、ラングレーは立ち上がり、凄んだ眼を僕に向けて、僕が持っていた青い傘を奪って、僕から逃げた。
いきなりの出来事に、僕は強奪に怒ることもなければ、ただ、この後どうやって家に帰ろうか、そんなことをぼんやりと考えていた。
だが、ないことは事実なので、僕は、ラングレーが元いた場所で縮こまるしかなかったのである。
ラングレーと同じように足を抱えて、ただボーっとそこに居座る。
ラングレーは傘を持って、何をしているのだろうか、元の場所があって、そこに帰ってしまったのだろうか。
家のこと、ラングレーのこと、そんなことを考えて、ふと下を見ると、そこには動物のような死体があった。哺乳類の類だろうか、僕は気味悪くなったのでそこから少し離れた。
雨が降る中、ポツンとある死体は、まるで僕みたいだった。
学校で上手く馴染めない僕はまさしく死体であった。人間が生きるということは、人という字は人と人とが支えあうなんて言うが、あんな風説は死体蹴りにしかすぎない。真面目に孤独な人間に対して向き合うのを放棄した妥協だと思う。
そんな死体と僕は、支えあうこともなければ、片方には干渉の余地がない。
本当にやることがない。強いて言うならば、死体をつつくぐらいだろう。
ただ、時間と雨が過ぎていく。
時間という雨は皆平等に降り注がれ、三途の川へと落ちていく。
僕は意を決して、雨の中を走ろうと思い、立ち上がると、目の前にはラングレーがいた。
ラングレーは傘をさして、僕をじっと見つめる。
僕はまた不愉快になるほど見つめてやった。
「私の傘の中に入ってもいいわよ」
そう言った声は、宮村優子、平野綾の声にそっくりであった。
僕は軽く会釈をして、傘の中に入らせてもらった。
「君の名前をどう呼べばいいかな」
「それよりアンタの名前は。人の名前を聞く前に、まず名乗るのが先じゃないの」
「僕は、オサムっていうんだ。カタカナでね」
「ラングレーって呼んで」
僕は順調なファーストコンタクトに、安堵した。
だが、僕がこっちのほうに帰ると言ったきり、彼女と喋ることはなかった。
僕は一行日記に7/31の欄に冒険と書いた。
8月の間、祖母はよく家を空けて、地元のゲームセンターに入り浸っていて。冷房が効いて良いらしい。
僕は、8/1を迎えた瞬間、つまり00:00になった時である。
僕は都会の有名な駅で、シャツにジーパンを履いて突っ立っていた。
隣にはラングレーがいた。
「さあ、冒険しましょう。まずは、宇宙人から探しましょう」
そういった彼女はまさに天真爛漫であった。