映画レビュー五十一本目:プロミシング・ヤング・ウーマン
私が一番嫌いな日本語は、「若気の至り」です。
それさえ言っとけば、どんな悪さをしても全て断罪されてしまうだろうという浅はかさ。
折しも、某ミュージシャンが過去の虐め体験(攻撃側)を笑いながら告白した記事が掘り起こされ、東京五輪開会式の音楽担当から外され、新譜すらお蔵入りにされるという事態が巻き起こった瞬間。
悪いけど、私は只々「(´?ω?`)」としか思いませんでした。
「ざまあみろ」の顔文字って、こういうヤツなんですね。
キャリアのある女優でありながら、自ら手掛けた脚本はアカデミー賞を獲り、しかも監督デビュー作という
「プロミシング・ヤング・ウーマン」
エメラルド・フェネルの才能が爆発した今作、
こんなタッチの映画を観たのは初めてでした。
いや、誰でも同じ感想が出るはず。
主人公、キャシーは小さなカフェでアルバイトする、何処にでも居るような無個性な女性。
大学をドロップアウトしてからは実家暮らし。
友達も恋人も居ないまま30歳を迎え、両親からは「早く出て行け」と示唆する誕生日プレゼントを贈られる。
一見、せっかくの才能を無駄にして勿体無い存在だと思われそうだけど、
実は、彼女には野望があった。
それは、同じ大学へ進んだ幼馴染のニーナがパーティーで泥酔した時にレイプされ、以来心を閉ざしたまま亡くなった(死因は語られない)ことで、
その場に居なかった自分の使命は「レイプ犯と傍観者の同級生たちへの復讐」と悟ったこと。
で、バーで毎晩のように泥酔したフリをしては、自分をお持ち帰りする男たちを...
と、ここで一人ひとりを手篭に掛けるなら、何処にでもあるスリラー。
しかし、そうはしないのが彼女なりの復讐。
お持ち帰りされた家で突然シラフに戻り、そこから相手にお説教。
彼女の正義は「死刑より、人間的な生活を営んだままの精神的無期懲役」。
「酔った女は持ち帰ればヤレる」という無能な図式を組み替える。
そうして、大親友を失い自らも心を病んだ過去を葬ろうをしていたのでは。
冒頭で笑っちゃったのは、最初のお持ち帰られ相手とタクシーに乗っていて、
キャシー(ウソ泥酔)が窓を開けて顔を出した時に流れるBGMが
Spice Girls "2 Become 1"
20年近く前、イギリスの大衆紙「The Sun」の載ったバカ記事
「40代を迎える女性がしてはいけないこと」の一番目が
『スパイス・ガールズのメンバーのソロアルバムを聴かない』。
いつまでもティーンの気分で居るなよ!ってことだろうけど、
キャシーは親から疎まれる実家暮らしで30歳。
それでも安時給ながらカフェ店員やってんじゃん、と思うけど
元々は将来を嘱望された医学生。
自宅も恐ろしく豪華で、自室もティーンの頃のまんま。
そんな彼女が自分を顧みそうな選曲。これは悪意だなと(笑)
そのお持ち帰り男を手懐け、彼女の復讐は軌道に乗る。
小説家志望の男を説教し、レイプの場に居て手助けしなかった同級生の女を酔わせ、ニーナの件を無視した学長を諭し、訴えたのに逃げた弁護士を跪かせる。
と、その間に計画が狂う。
恋をしてしまう。
たまたまカフェに来た小児科医師・サイモンが「実は好きだった」と告白。
ここで計画は頓挫する。
初めての行為は何でも楽しいけど、初めて一緒に行ったドラッグストアで
流れていたパリス・ヒルトン "Stars Are Blind" で踊りながら
これから過去を忘れて幸せになる自分を妄想してしまう。
って、何故ここでこの曲?(笑)
って思ったけど、世界的ホテルチェーン創始者の孫娘が、
自分のセックスビデオを流出した騒ぎに託けて勢いで出した曲と考えると、
「地位と名誉があれば何されても逆手に取れる」
という皮肉なのかもと。
売れようが売れまいがどうでもいい、お金なんて幾らでも湧いてくるし
それで何でも解決できる世界で生きてるから。
ってパリスが思ってるのかは知らないけど(多分大正解)、
キャシーがニーナを失ってから毎日練ってきた復讐プランに水を差すには
丁度良いナンバーだったのかも。
ということで、このあとはネタバレになるので一切語れませんが。
ここまでの段階で、画作りや音楽の挿入の仕方が絶妙。
コロシがあれば、それで主人公が夢見るシークエンスは「どうせ終わる」と判るけど、
幼馴染は、ボケた写真にしか出て来ない。
ニーナの母に会うシーンでも、やはり死因の詳細は語られない。
この、直接衝撃的なシーンを映像で見せない作りで
観客に凄惨さを各々妄想させる作り方が凄い。
「レイプされた」「こういう亡くなり方をした」と提起してしまうと
観客は「それなら相手をここまで痛めつけるべきだ!」と奮起させてしまう。
それでは極端なフェミニズム映画になってしまう。
それを回避し、事態を極論に追い込まないためにも、ニーナが出て来なかった件は巧い。
クライマックスの、まさか!からの展開には、
拍手を贈る人も、そうでない人も半々は居るだろうとは思う。
でも、自宅や職場のインテリアに映り込むキャシーを思い出すと
彼女は「天使」だったんだなと。
ラストに掛かる、ジュース・ニュートンの歌の「わたしは朝の天使」というサビからも解ります。
天使は「悟す」だけで、判決は下さない。
しかし、それが他の「復讐映画」よりも
実は残酷なのではと考えると、
この終わり方は重いし、
凄く、「ざまあみろ」です。
こんなに凝った作品を、たった23日間でサッと撮っちゃった監督が先ずスゴい。
男の監督だったら出来ない筈。そもそも思いつかないだろうし。
他、音楽に触れると、
Weather Girls "It's Raining Men"
「男が雨と共に降ってくる」
ってバカみたいな歌なんだけど、
これって、物語の展開的に読むと
「"容疑者"がバカスカ釣れる」
ってならないかな?(笑)
SNSで同級生を追ってるうちに、行動が読めて次々と釣れて行く。
敢えてそう盛り上げないように、地味なアレンジのカバーを配したような。
それと大事なこと。
監督は、最近も救済運動が巻き起こっている
ブリトニー・スピアーズの大ファンで、
本作でも代表曲にひとつ「Toxic」のストリングス部分を効果的に使用。
ヒットした時代を覚えてる人なら、「あたしは猛毒」と豪語して
乗客を誘惑し続けるCAを演じたMVを瞬時に思い出すだろう。
挿入歌にも、過去のナンバーからの「Oops!...I did it again」という歌詞を織り込ませたのは
監督からの指示があったと思う(歌手側からの配慮か?)
そのまんまなタイトルの曲のサビは
「あんたはあたしが愛してると思ってるだろうけど、
そんなの、勝手な思い込みよ。
あたしは、そんなに純粋じゃないの。」
元々はTLCの為に書かれたのを断られたから唄ったデビュー曲
「Baby One More Time」も
歌詞の「Hit Me One More Time」がSM的な想起をさせるとスキャンダルになったけど、
実は当時のスラングで「Hit」は「電話して」だった。
それを利用して、ブリトニーはソロ転向早々ディズニーchのお嬢様から無理やりアバズレキャラにさせられたワケで、
そんな彼女の使い棄てられ方にも言及したいのでは。
なんて考えてみました。
とにかく思うのは、「レイプしたら、切って短いストロー(赤)を移植」
ってことだけです。
男の私が願うのは。
それは酷いと思う?
大傑作。必見。
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