第1話:渋谷の夜、ラップバトルの幕開け
2024年、Tokyo・Shibuya。夜の街はネオンの光で彩られ、人々の雑踏が絶え間なく流れる。交差点には巨大スクリーンが輝き、車のクラクションや通行人の笑い声が、都市の息づかいを刻んでいる。
その喧騒の中に佇むライブハウス「ブリッジ」。Shibuyaの路地裏、古びたビルの地下にひっそりと存在するこの場所は、熱狂する言葉の戦士たちの聖地だった。今夜もステージ上では観衆の声援とブーイングが交錯し、新たな物語が生まれようとしていた。
「KENYOU!」
ホストMCのオムスビが、その名を叫んだ。
ざわめく観衆。拍手が混じることはない。その空気は熱いが、ケンユーに注がれる視線は冷たい。
「Senjuの田舎者が何しに来た!」
「Shibuyaの土俵に立つ資格ねえだろ!」
野次が飛び交い、会場の空気がざらついていく。その一つひとつが刃のようにケンユーの心を切り裂く。
ステージの中央、ケンユーはマイクを握り締めた。手の中の冷たい金属の感触が、彼の小刻みに震える指先に伝わる。ライトが彼の姿を強烈に照らし出すが、その光はむしろ彼を晒し者にしているようだった。
観衆の中に目を向けると、笑みを浮かべる一人の男が目に入る。ティザーだ。
BADSLYMEのリーダーにして、このブリッジの覇者。ティザーは顎を軽く上げながら、不敵な態度でケンユーを見下ろしていた。
「どうした、KENYOU?もう帰りたくなったのか?」
挑発とも取れるその一言が、観衆の嘲笑をさらに煽った。
「マイク置いて帰ったらどうだ?Senjuに!」
渦巻く冷笑と軽蔑。だがティザーの視線には、どこか試すような光があった。
ケンユーの胸の中に、込み上げるものがあった。
(負けるわけにはいかない――)
拳を強く握り締める。彼はこのShibuyaで自分の名前を刻み、Senjuの貧困から抜け出すためにここに立っているのだ。中学時代から書き続けたリリックの数々、ユカとの破局、そしてボロアパートに舞い戻った自分の惨めな現実。すべてを跳ね返すための一歩が、今ここにある。