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テクノミュージックと運命が交差する旅路 ハリールの人生その4

 人生には様々な道があります。そこで『人生色々』というテーマで文章を書いています。前回は小学校時代のエピソードをお伝えしましたが、今回は少し時間を進めて、20代後半の出来事について書いていきたいと思います。

 ハリールがどのように音楽家としての道を発展させ、愛するパートナーと共にインスピレーションを求めて旅するまでの軌跡を辿って行きます。

 ハリールは大学受験の合間、ふとしたきっかけで妹の通うイギリスのオクスフォード大学を訪れることを決意した。受験勉強を進める中で、実際に本物の大学を見て体験することで、自分の大学入学後のヴィジョンがより明確になると判断したからだ。

 荘厳な歴史と伝統に彩られたオクスフォード大学、その名を聞くだけで思わず背筋が伸びる。中世の石造りの建物に囲まれたその大学は、知識と革新が交差する場所であり、幾多の賢人が過去、現在、そして未来を形作ってきた。

 ハリールはその輝かしい知の殿堂に、妹を訪ねることを目的に、足を踏み入れる準備を進めた。


 彼の旅の計画は思わぬ形で広がっていく。恋人であり、心の支えであるアーヤが、ふと提案した。「イギリスに行く前に、ドイツにも行ったらどう?」彼女は微笑みを浮かべながら、ハリールにそう言った。

 その提案には、ただの観光旅行以上の意図があった。ハリールは音楽家であり、アーティストとしての道を歩む男だった。すでにCDをリリースし、さらには日本ツアーまで成功させている彼にとって、ヨーロッパの音楽シーンに触れることは大きな意味を持つ。

 また、ハリールとアーヤの二人には共通のインスピレーション源があった。それは、ドイツ映画『ラン・ローラ・ラン』(原題: Lola rennt)だ。

 この映画は、トム・ティクヴァ監督による作品で、主人公のローラが限られた時間内で危機的状況を解決しようと奔走する姿を描いている。映画は、時間や選択の連鎖が人生にどう影響を与えるかをテーマにしており、スピード感あふれる映像と哲学的な問いが組み合わさった作品だ。

Run Lola Run - Clip

 この映画は、二人にとって単なるエンターテインメントではなく、人生の進むべきヴィジョンを描くための強いインスピレーションを与えるものだった。

 物語の中でローラが繰り返す選択と結果の積み重ねは、彼ら自身の人生に対する考え方に深く響き、未知の未来へ向けた道筋を創造する助けとなったのだ。

 アーヤの提案は、ハリールにさらなるインスピレーションを与えた。そして、二人はこの旅を計画し始めた。

 イギリスで妹に会うのは決まっている。しかし、ドイツに行くからには、何か特別な目的が欲しい。ハリールは、音楽の国ドイツでは、ぜひ誰か特別な人物に会いたいと考えた。

 そこでハリールは一枚のCDを棚から取り出した。「これ、シスコで買ったんだよ」と言いながら、彼が手にしていたのは、DJ Indigoという名のドイツを拠点に活動するオーストリア人女性DJのミックスCD『Tribute To Gazometer II』だった。

Gazometertraxxx Vol. 14 / Tribute To Gazometer II / Mixed by Electric Indigo (CD 2001) 

 彼女の音楽は、ラブ・パレードという巨大な音楽フェスティバルで、その場にいる全ての聴衆を熱狂させていた。そのサウンドは、まさにドイツのテクノミュージックの真髄を体現していた。ドイツの音楽シーンは、特にテクノにおいて、前衛的な表現と革新の歴史を持っている。

 音楽を超えた哲学的な要素が、ハリールとアーヤの想像力をさらに掻き立て、二人の旅に新たな意義を加えるものとなっていた。DJ Hell の主催するジゴロレーベルを通じてのクラブツアーを続けるDJ Indigoの存在に、ハリールは心惹かれた。

 「ドイツで彼女に会おう」とハリールは決めた。音楽という共通の言語を持つ二人が出会うことで、何か特別な化学反応が起こるに違いない。彼の中でその期待は高まっていく。

Electric Indigo - Love Parade 2000

 テクノミュージック、そのルーツを辿れば、現代音楽の巨匠カールハインツ・シュトックハウゼンの影響を強く感じる。シュトックハウゼンは、音響空間を探求し、電子音楽の発展に大きく貢献した作曲家で、彼の作品は音が左右に飛び交い、まるで音の立体彫刻のように感じられる。

 代表作の一つである《コンタクテ》(Kontakte)は、電子音と生楽器を融合させ、音が空間をどう動くかを緻密に設計した作品だ。この作品は、音楽そのものが空間を「動き回る」感覚を聴衆に与え、まるで音が物理的な存在を持っているかのように感じさせる。

Karlheinz Stockhausen explains "Kontakte"

 
 彼の影響を受けたテクノミュージックは、電子音の波と構造の実験を繰り返し、現代のクラブシーンに多大な影響を与えている。

 この旅は、ただの観光以上のものとなりつつあった。イギリスでオクスフォード大学の歴史に触れることで、知の探求が広がり、加えて、ドイツでの音楽の出会いが、彼の芸術の旅路に新たな道を示す。

 これは、ひとりの音楽家が自らの道を探し求め、愛するパートナーと共に新たなインスピレーションを追い求める物語である。

 人生には様々な道があり、そのどれもが予期せぬ出会いや経験で彩られる。ヨーロッパの壮麗な歴史と、現代の音楽シーンが交錯するこの旅は、まさにそんな多彩な人生の一部であり、贅沢な時間と感性を持つ人々にこそふさわしい、新たな章を開くものである。

ハリールの物語その5へと続く


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